ソルトレークシティ
ソルトレイク・シティー
2/7/2002
ソルトレイク・シティーでの冬季オリンピック開幕まであと2日と迫った。私は
パラグライダー・ツアーで3回そこを訪れた。これからはマスコミがいろいろと
報道することと思うが、私の印象に未だに残っているソルトレイク・シティー
のことを綴りたいと思う。
最初の訪問は1996年9月であった。コロラド州アスペンに飛びに行ったが、
台風のお陰で成田空港で一晩足止めされ、アスペンの風も悪くそこでは
一日飛べただけ。800km以上ドライヴしてソルトレイク・シティーまで遠征した。
高速道路を飛ばしながら見たユタの砂漠にゆっくりと落ちる夕日の美しさが
忘れられない。
フライトエリアは街の東に連なる山脈の支脈が、南方のユタ湖に向かって
伸びている所にある。朝日の当たる東側は午前中、西日の当たる西側が
夕方(と言っても夜8時過ぎまで)と、終日くたくたになるまで飛べる絶好点
である。朝はユタ湖を眺めながら、夕方はソルトレイク・シティーを遠くに望み
ながら砂漠地帯の乾いた暖かい風を楽しめた。
このときのツアーの当初予定にソルトレイク・シティーはなかったので、
明日は帰国という日に又長距離ドライヴでアスペンへ戻った。グレンウッド・
スプリングスで高速道路を降りたのは夜中の3時過ぎであった。アスペン
はもう近いがガスが残り少ない。この町で補給したいがこの小さな町は
寝静まっている。開いているスタンドはあるのだろうか? 皆で心配した
とき後ろからパトカーが来た。お巡りさんに聞けばスタンドの場所が分か
ると、車を止めナビゲーター役の私は小走りでパトカーに近寄った。突然
顔に強いライトを当てられ「フリーズ!」。 あとで教えられたが、警官に
近づくときはゆっくり歩くこと、決して走ってはいけないとのことであった。
スタンドの場所は教えて貰えたが、パトカーが寄ってきたのは、何と我々
の車がスピード違反のためであった。その小さな町は時速30マイルの
制限地帯。運転手は厳重注意を受けた。
帰国したら、『嘉瀬さんがポリスに撃たれた』ことになっていた。話には直ぐ
尾鰭が付くものらしい。
翌1997年9月は前半ソルトレイク・シティー、後半カナダのウイスラー・
ベンバートンでのフライトを堪能した。ソルトレイク・シティーの西側斜面は
2段になっていて、下段で少し上昇してから、100m位後方の山の斜面に
取り付く。運が良くないとなかなか山の斜面に届かない。ある日私だけが
幸運の風に恵まれベテラン達が悔しがる中、独りで山脈の遙か上にまで
昇り長時間フライトを楽しんだ。飛び疲れて、降りる前に、2km先の高速
道路の向こうにある四角い塀に囲われた所を見に行った。ランディングし
たらパトカーが来た。知らずに刑務所の上を飛んだのだった。桑原桑原。
1998年9月のツアーは前半ソルトレイク・シティー、後半モントレーとサンフ
ランシスコの海岸で飛んだ。このときは風の悪い日をソルトレイク・シティー
観光に当てた。市の中心はモルモン教寺院である。市の道路番号もここ
を中心にしてふられている。各国から来た信者が寺院内を案内してくれる。
大阪から来たというシスターが我々に丁寧に説明してくれた。寺院見学の
目玉は大講堂である。1,000人以上も入るドーム形の講堂は音が良く通る。
演壇に針を落とし、その音が講堂の後ろまで聞こえるのには驚いた。
モルモン教徒がこの地に住み始めた頃、トウモロコシ畑が大量発生の
バッタに襲われた。湖から飛来したカモメがバッタを食べて、この危機を
救ったとかで、金色のカモメ像が崇められていた。教会は合同結婚式で
華やいでいた。
傍のモルモン教本部ビルは、市で最も高いビルとかで、その屋上からの
眺めは抜群であった。目の前の丘の小高いところにはユタ州議事堂が
建っていた。これまで見た州議事堂は何処もかしこもワシントンDCのそれ
とそっくりの形をしている。
このときは市内のあちこちで市電線路の建設が盛んであった。オリンピック
では自動車に代わって市電が観光客らの足になっているのだろう。
空港までは車で30分ぐらいだったが、その西にソルトレイク(湖)がある。
湖岸に怪しげなラヴホテル風の建物があるので寄ったら、世界最速記録
を作った自動車が展示してあった。葉巻スタイルの車体にジェットエンジン
を搭載したもので、この湖岸でスピード記録を作ったものであった。
このことから分かるように湖岸はとてつもなく広く平らだ。その自動車の前
で記念写真を撮ったのに、その記録は帰国後間もなく破られたと聞いた。
仲間との賭で、一人が湖で泳ぐからと水着になった。皆でぞろぞろついて
いった桟橋には何とも言えないヘドロの悪臭が漂っていた。
市の東へ30分走ったパークシティーには、スキー場やジャンプ台があった。
今回の大会でも使われるらしい。ロープウエイで上がったスキー場の頂上
からは裏の山並みも見渡せ、美しい景色を飽かずに眺めたが、風の強い
ところだった。帰りは皆で斜面のスキーコースををハイクした。麓では乗馬
も出来るが予約なしでは駄目だった。ジャンプ台の傍には大きなアウトレット
がある。若い人は興奮したが、私にはこれといった欲しいものがなかった。
フライトエリアの西斜面はすぐ傍まで宅地開発が迫っていたが、今でも
エリアは存続しているのだろうか? この翌年からツアーはヨーロッパが
中心になったので、その後のアメリカ事情は良く分からない。
その時帰りに寄ったサンフランシスコでは離陸したばかりのジャンボ機が
頭上を飛ぶのを見ながら、海岸のリッジでたっぷり飛んだが、ドライヴで
訪れたモントレーの水族館も忘れられない。特にクラゲの展示が圧巻で
人にも勧めている。訪れた人から、勧められたことへの感謝を聞くと、自分
が水族館長になったように嬉しい。
ソルトレイク・シティーではアルコールを売っていないのが、飲み助にとって
は辛いことではあった。
それにしても9/11事件前のゆったりした時代の話である。
嘉瀬 敏