第3章 到着

そうこうしているうちに、ついにソウル近くの金浦空港に到着しました。 途中で韓国の町並みが見えたのですが、高層アパートとおもわれるビルが 乱立しており、そうとうな人口密度であることをうかがわせます。しかし、 これが韓国とはすぐにおもえず、疑い深い私は、「ここは本当に韓国なので あろうか?」と疑問につつまれました。日本以外の国を生で見たことはない ですから当然の疑問かもしれません。到着して空港の中を歩いていても「実感が わかないなあ。 ここは、日本なのじゃないですか?」という愚問を大木さんに しましたが、笑われました。「馬鹿なやつだなあ」とおもったことでしょう。 しかし、階段をおりて窓の外をみると、、、、 看板にはハングル文字が書かれていました。「もしかしたら、ここは韓国 かもしれない。」そして、すすんでいくうちにハングル文字がどんどん でてきます。「やっぱり、韓国だああ」

やがて、入国審査のところにきました。パスポートを渡して機内で書いて おいた入国カードを渡します。しかし、係員が不愛想なのがちょっと気に なりました。「もうすこし、にこにこして仕事したほうが自分の人生にとって プラスになりますよ。」と言おうとおもいましたが、韓国語がわからなかった のでやめておきました。

 後ろでは、「え、これ書いておかないといけなかったのお。」と声がします。  機内で碁に熱中していた尾崎、服部組は準備をしていなかったようです。  急遽、カードをずっと後方の場所までとりに行ってその後、 心配して待っていてくれた田島さんのカードをみながら、記入をはじめ  ました。他のメンバーは、ボディチェックを通って一か所に集合しました。  そして、皆集まったところで、トイレにいきましたが、韓国のトイレは日本の  ものとほぼ同様のもののようでとくに変わったところはないようです。

あわてふためいていたお二人(服部さん、尾崎さん)と田島さんもようやく 入国審査を終えてこちらまでやってきました。

 次に税関ですが、ほとんどの皆が無事通過したのに、服部さんだけがなんか  はまっています。なんではまっているのかはよくわからないのですが、なんか  係員と話をしています。不審人物とおもわれたのでしょうか? 尾崎さんが、「じゃ、先いっといてやるよ」といって、 服部さんの荷物をもって税関の出口をさささっと出ていきました。

 尾崎さん、さすがに親切です。し、しかし、、、人の荷物をもって税関を  とおりぬけるとはなんか本来は論外の行為だそうで皆が驚いておりました。  税関も人が少なくてとくに警戒を強めているような気配はありませんでしたので 大事にはいたりませんでしたが、メンバーから指摘され、尾崎さんも 「いけね、いけね」とくりかえしていました。 

 でてきたところのそばに両替所があります。ここで日本円を韓国ウォンに交換  しておきます。ウォンと円は約7.5倍。つまり、7.5ウォンが1円に相当する ようです。1万円かえる人がほとんどの中、私は2万円を交換しました。 1万、2万の場合は、先方も袋を用意しており、さっと交換してくれます。 なんかお金が増えたので「お金持ちになったような気分だなあ」とおもいました。 ところで、中のお札をみるとけっこうぼろぼろ。なんかほんとに使えるのかなあと 心配していたら、横から田島さんが「これでも、ましなほうでね、中国はもっと ボロボロでしたよ」 だそうです。

皆、両替を終えたようですが、服部さんはまだ税関のところではまっているようです。  「あの人とはいつも旅行で一緒なんですけど、いつもこんな感じなんですよお。」  大木さんがにこやかに笑いながら服部さんのことを評していました。

 服部さんも、やっとでてきました。「服部さん、だいじょうぶ?」「ええ、  だいじょうぶ。心配かけて、ごめん」手を縦にたてて謝る服部さん独特のポーズ  がみられます。「服部さん、両替両替」 服部さんはみんなにせかされて、指を  さされながら 両替所にむかいました。空港での一連の手続きがようやく、終わり  一行は出口をでました。「HISの現地添乗員の方はどこかな?」とおもうまもなく、 添乗員の方はすぐみつかりました。HIS キシハラ様ご一行とかかれた紙を もっていたのです。我々はすぐその人の後にしたがい、ついていきました。  ちなみに添乗員は年の頃、30代後半か40代はじめくらいではないかと  おもえる女性の方です。「飛行機がちょっと遅れちゃいましてねえ」大木さんが  さっそく話かけています。

空港の施設をでて道をわたったら駐車場らしきところがありました。 するとすぐそばにライトバンの車を待たせてあります。ライトバンには運転手  の方が乗っていまして、我々の姿をみると降りてきてドアを開けていました。 「荷物をどうぞ」といわれ、荷物を預けると、車の中に次々に要領よく 積み込んでいきます。そして、8名全員が車にのりこみました。10人くらいが  わりとゆったり乗り込めるような大きな車です。  添乗員も後ろの我々のいる場所に乗り込んできました。

どうやら、日本語の達者な添乗員さんみたいです。 「8名全員こられていますか」「はあい」 「社長さんはどなたですか?」「え、社長はいませんよ」「どうして 社長さんはこられていないのですか? あちらにおられる方は社長さんと は違うのですかあ。(田島さんを指さして)」 社長さんと間違えられ田島さん、いい気分になったかそれとも動揺したか はさだかでありません。

「幹事さんは、どなたですか?」 「はい、私です。」すぐ横にすわっていたわたしが手をあげました。 「ちょっと幹事さんと相談しなければなりません」  そういうと添乗員は質問をはじめました。 「泊るホテルはマンハッタンですか? なぜ、そこにしましたか?」   私は以下のように説明をしてしまいました。 「Because We would meet our friends in IBM Korea, And Manhattann locates near from that IBM Building,,so,,,,,,」  と話していると,, 「おおい、日本語だいじょうぶだから、日本語でいいんだよ。」車の 後方からアドバイス、「あ、そういえばそうかあ!」韓国人と話すときは 英語で話す習慣がすっかりついて相手が日本語ができるという ことをすっかり忘れてしまっていたのです。

このあとは大木さんと私が中心となってこの添乗員の方と話をすすめました。 「韓国IBMの人に会うのが目的だからちかくのホテルにしたんですよ。」 「友達に会うのですか?」「そうです。」  何時に待ち合わせていますか? 17:00マンハッタンホテルです。

時計をみると、もうすでに17:00をすぎています。 では、今から免税店へたちよる予定でしたが、どうしますか? ちょっと考えてから、皆と相談し、 「そうですね、待たせるのも悪いので、 直接ホテルへ 直行してください。」と回答しました。

 そう話しているうちに、ふと外を見てみました。間違いなく韓国の町並み  がみえます。そして、驚くべき事実を発見しました。  左折したときに、どうも妙な感じなのです。そして、何が妙なのかがすぐ  わかりました。 「く、くるまが、道の右側を走っている!!!!」  これは、私の長い人生史上なかったことです。車は左ハンドルですが、  左ハンドルというのは日本でもみられます。しかし、進行方向にむかって 右車線とはまったく初めての話でした。私が運転すれば事故でもおこしそうで こわいかんじがします。「右車線走行なんですねえ。しかし、  全世界統一してくれればいいのに。」私が話すと「日本以外の国はだいたい 右車線みたいですよ」とわりと世界をかけめぐって旅行している加藤さんから  教えてもらいました。

「あ、滝だ。」途中でだれかが声をあげました。  滝というほど大規模なものではないが、たしかに町のまんなかに滝のような 形状で水がながれおちている光景がみられました。東京などではなかなか 見られないような光景です。 「さて、では、明日は一日そのお友だちと一緒なのですね。」 「そうでえす。」 「三日目はどうするのですか?」 「添乗は可能ですか? 」「ええ、できますよ。」「おいくらになります?」 「 一人 6000円ですねえ。」「ええ!! ちょっと高いなああ、まけてくださいよお。」 大木さんは、いきなり目をまるくしてさっそく値引き交渉にはいります。 「 私の一存では決められないので無理です。しいて安くしたところで せいぜい5500円です。」敵もさるものです。

じゃあ、二日目は私は皆さんとはお会いしませんので、もし なにかありましたら電話してください。そういうと、その女性の添乗員は 名刺をとりだしました。「お名前はなんというんですか?」「Park です。」 その人は、朴東連という名前でした。名刺に自分の携帯番号の数字を書いて 私にわたしてくれました。

「それにしても日本人は休みが多くあっていいですね!土曜日曜が休みだから すぐ長い連休になるでしょ。」「韓国は土曜は休みではないのですか? 「土曜は半日です。」 「でも、日本の人はそのおかげで遊びすぎているんですよ それで全然お金ないの! だからまけて! 」大木さん、名調子で値引きを せまりますが、あまりにも強引な論理に相手の人も我々も車中は爆笑となりました。

それにしても、韓国の道路は広いようです。どこもかしこもけっこうな幅の車線です。 おおいところでは、片道8車線、両方あわせて16車線というところもあるようです。 これは、有事の際には、軍用機の滑走路になるためだそうで、いかにも、すぐ そばに隣国をかかえ、緊張感のある韓国ならではの考え方だとおもいました。また、 車はまるっこい車が多く、道が広いせいか、どの車もけっこうなスピードでとばし ています。

「今日は、金曜だから休みじゃないはずですよね。大丈夫なんですか? 」 この質問に も大木さんはすかさず 「みんな、さぼっているんですよ」 日本語達者な韓国人女性の朴さんに、このさぼっているという言葉がわから なかったようです。サボタージュと後ろからFollowがはいりました。 私は、他の人はともかく、誠実でまじめな私までその人格を誤解されるのでは ないかとおもってはらはらしていました。(^ ^ ;

日本は平日なので、当然皆有給休暇をとってきているわけですが、韓国は 本日10/3は祝日だそうで、建国記念日らしいです。そのせいかいたるところで 国旗がかがげられている光景がみられます。

その後は、Parkさんの仕事の話になりました。皆、関心を示して 「Parkさんもお客様の満足度を高めるために働いているのですねええ。」と 感心していました。「それで、皆さんは2日目はお友だちとどっかにいくの  ですか?」「いや、一日じゅう碁をうっています。」「 Play Baduk ! 」 といって 私は碁をうつまねをして、理解してもらいました。「あなたは、イーチャンホ を知っていますか?」「え、知りません?」「Baduk のイーチャンホですが」 「おお、イーチャンホ!! 知ってます。知ってます。」イーチャンホは国民的英雄 というのは本当らしい。こんなおばさんまで知っているのですから、、 「みんな イーチャンホみたいになりたくてここにきているんでえす。」 (一同笑) 「イーチャンホにあわせてくれたら満足度高まるなあ。」大木さん、調子にのって ふきまくります。「みなさんはイーチャンホと同じようなレベルなんですか?」 「いえいえ、天地の差がありまあああす。」「それじゃあ、難しいですねええ。」

珍妙な会話ばかりでしたが、とにかく車の中は笑いの渦でいっぱいでした。

途中で橋を渡り、その橋のそばにKBSのビルがみつかりました。「あれが、韓国の 国営放送です。日本でいえばNHKにあたります。」「KBS ってなんの略ですかねえ、 Korea Broadcast System ? Station ? 」「.........」添乗員も含め、だれも わからなかったようです。

後でIBM KoreaのChungさんに聞いたがやはり同様不明でした。 ( こういうことには、あまり関心がない?)

Parkさんが確認をとります。では、あしたはわたしは皆さんにはお会いしませんので、 お友達の方と楽しんでください。三日目はわたしがホテルに行きますが、何時に 待ち合わせしましょうか?「八時にしましょう。」大木さん、間髪をいれずに こたえます。 「八時!おお、早いです。八時半にしてくださあい。」 「わかりました。 八時半ですね.八時半」

運転手さんと、Parkさんが何やら話はじめました。そして、話の結果を我々 に伝えました。マンハッタンホテルに先に行くのはいいが、さきに免税店に行き、 ホテルに行くルートと違うので、余計にお金がいるのだそうなのである。 ええ! さらにお金がいるんですか。いくらぐらいですか?「一人1000円です。」 「ええ!」その後、また大木さんが値引交渉にはいります。全員で5000円で どうですか。」 ガイドのParkさんも途中で折れたように、「わかりました。5000円でいいです」 とつぶやきました。そういえば碁もずうずうしい人ほど強いといわれます。

笑いとシビアな価格交渉をしながらも、一行を乗せた車は一路ヨイドの 中心街へはいっていきました。


第3章終り