人間「松下幸之助」を学ぶ
平成12年2月12日 記 高本 正
この度縁あって松下電器の仕事をした。
IBM時代関西で関西電力や大阪ガスの仕事はしたが、松下電器は担当しなかった。松下幸之助氏については「経営の神様」と云われるが著書を2−3冊読んだ程度で、漠然と偉い人なのだと認識していた程度である。
今回仕事の帰りに松下の歴史館に立ち寄り、氏に親しみ、人となりを知り、「経営の神様」と呼ばれる理由を理解すると共に、深く尊敬し、短い時間だが多くのことを学んだ。感想と共に氏のメッセージを忘れないうちに書き留めておきたい。
1. 謙虚さ
松下を従業員28万人、売り上げ6兆円の大企業にしながら奢ったところが微塵もない。考え方の根本に「事業は世の中からの授かり物」「人に喜ばれる製品を安く、無限に世の中に送り出すべき」という考えがあり、一もうけしてやろうという野心など全く感じられない。社員に対する訓話をビデオで観ても威張った態度は全くなく、押し付けるような言い方はしていない。静かに信念をもって自分の考えを語りかけている。子供のころの苦労を通じて処世の基本(何が大切か)を体得され、実行に移されたのであろう。謙虚さと信念が氏の周りに多くの人を惹きつけ、協力の輪を大きくしていったと思う。
「部下は皆自分より偉いと思う」ともいっている。
終戦直後、氏はGHQから事業を止められた時、労働組合を初めとする多くの人達のGHQに対する懇願により再び事業主に復帰した。
2.「素直」の追求
「素直初段」という訓話を聞いた。最初に碁の話をされた。私にとって碁の話しは興味深い。要旨は以下のようなことであった。
碁を楽しむ人が多い、碁は1万回打って初段になると聞いた、何でも続けて努力しないと上達しない。「素直」には初段とか2段というレベルはないが、常に「素直になれ」と自分に言い聞かしている。本当に素直になったと自覚できる(素直初段)には30年かかるような気がする。今15年分到達できているような気がするが、近頃は色々煩わしいことが多く素直さが逆戻りしているように感じる。素直になるのは極めて難しい。しかし人間は素直にならなければならないと思う。素直初段を目指して、心がけて邁進したい。
果たして氏は碁を楽しまれたのだろうか、決してそんな時間はとれなかったであろう。その点私は碁を楽しみ喜びとして幸せだと思う。私は私なりに碁を楽しみたい気持ちに素直に対応していきたい。社会への貢献度の大きい人ほど自分の時間を好きなことに使える度合いは少ないので気の毒に思うが、その点私は素直になれる環境に恵まれている。
美しいものを美しいと感じる、新しいことを知る喜び、教えてもらってありがたいと思う気持ち、素直はそのようなことをいうのだろうと解釈している。
3. 信頼を得ること
「無形の契約」という訓話を聞いた。ある程度の企業規模になって会社としての存在が世に認められるようになった時期での社内訓話である。
松下はどのお客様とも契約しているわけではない。契約に基づいて生産しているわけでもないのに、あたかも契約に基づいているかのように製品を買っていただけるようになった。これは松下とお客様との間に「無形の契約」ができあがったからである。松下の製品があるいは会社がお客様から高い信頼を得た証である。
4. 人材の育成
町工場時代、松下は小僧に営業をさせた。他社は経験10年のベテランが営業をしている。うちの小僧が競争に勝てるようになった。私は「報告だけはきっちりしろ」と指示しただけである。慣れてくるあるいは自信をもってくるに従い、報告がおろそかになる。
戒めなければならない。
また訓話で「上司は要望者たれ」と言っている。上司が部下に対して「こうなって欲しい、こうして欲しい」と要望する。部下は必ずその方向で考え行動する。従ってすべての上司が要望者であってほしい。
このことは目標に通じるものがある。氏は池田総理時代、我が国の教育はいかにあるべきかを議論する熱海会議に出席を要請された。民間からただ1人、あとはすべて教育の専門家だったそうである。氏は「目標が明確であればその方向で人材は育っていく、残念ながら今の日本には目標がない、政府は国の目標を国民に明確に示すべきである。」と意見を述べたそうである。池田総理は耳が痛かったのではないだろうか?
5. 事業は人なり
松下が未だ知名度の低かった時期、お得意先から「松下は何をする会社か?」と尋ねられることが多かった、その時「松下は人を創る会社です、そしてついでに物を作っております。」と答えるように指示したそうである。将に「事業は人なり」を表す名言である。
社員の育成のみならず、日本の教育レベルの高さを日本の強みと認識する反面、徳育の不足に警鐘を鳴らしている。日本人の強みである「和の精神」、「協調(衆知を集める)」、
「勤勉さ」が薄くなっている。日本人の精神に関する良き伝統を教える「徳育」がないがしろになっているからだと指摘する。氏の指摘する「徳育」とは何か、私は孔子に始まる儒学の東洋思想と解釈する。私は高校時代学んだ漢文のうち論語や孟子が今でも記憶にある。成人して知った安岡 正篤は高名な漢学者であるが、人間としての修養を学ぶには「小学」を読め、国を治めるには「大学」を読むべきであると説いている。そこで私は「小学」を読んだが、全面的に道徳であり、人間としてかくあるべしを学んだ気がする。 残念ながら今の子供は学んでいない。小学校で「小学」を学ぶべきである。
6. まとめ
氏は「感謝と反省」で自己をコントロールし、正しい考えが周囲の共感を呼び、相手を尊敬することにより協力を得て事業を大きくしてきた。専門家らしいことは一言も言ってない、わかりやすく基本的なことを、信念に基づいて語り掛け、共鳴が協調を育んで大きな輪となり大企業に成長したのが現在の松下グループである。幾多の困難に耐える「忍」もされたと思うが、正しい考えに基づいて基本を実践することがいかに大切か大事業が成し遂げられるかを知る。6歳で丁稚奉公されているので専門的勉強もされておられない、現場で体得したものである。
松下グループの社是が「共感」「共生」「共創」となっているのがよく理解できる。
なお、松下歴史館は大阪府守口市 京阪電車 「西三荘」駅前にある。
追記
氏は日本人としての誇りを持ち、「再び生まれることができるならば、また日本人に生まれたい」と言われている。日本の美しさにも深い関心を寄せておられる。晩年、国の事業である飛鳥地区の歴史保存財団の理事長を勤められた。聖徳太子によって日本の律令制が始まったところが飛鳥である。氏は何度も飛鳥に足を運ばれたことであろう。そして飛鳥を通じて日本の歴史や伝統・文化を振り返られたのではないだろうか。
私は飛鳥をまだ旅したことがないが、どんなところだろう。
早速、翌日飛鳥を訪ねた。朝7時半大阪のホテルを出て、天王寺から近鉄吉野線で橿原神宮まで行った。飛鳥めぐりの起点は2駅先の飛鳥であることが分り、飛鳥駅まで足を伸ばし9時過ぎに着いた。駅前に立派な案内所があり「テクテク歩きマップ」も配られている。高松塚地区、石舞台地区、祝戸地区、甘樫の丘地区と4ヶ所を一回りするとたっぷり1日かけても見てしまうことができないほど見所が多く広いのである。また私のような歴史の分っていないものには見方の方針さえ浮かばない。古墳、遺跡、珍しい石、聖徳太子生誕の寺、日本最古の仏像などがマップに点在している。自転車で観て回るのが最適のようだが、生憎自転車には乗れない。とりあえずハイキング4時間コースが適当だろうと目星をつけ至近の高松塚に向かう。そこには国営歴史公園館があり、飛鳥の歴史的意義や主な見所の紹介ビデオがあり助かった、まず歴史の勉強から始めた。「仏教伝来」「大化の改新」「任申の乱」「万葉集の解説」など1時間ばかり興味深くビデオを見た。飛鳥を巡れば日本が7世紀(約100年間)に律令国家として出発した飛鳥京の姿が何となく想像できる。壁画館が2月はクロ−ズしており見ることができなかったが、主なところは一通り見た。
帰途、京都に向けて近鉄橿原神宮を特急に乗ったのは4時だから約7時間テクテク飛鳥をみてまわったことになる。
皆様にもロマンに包まれた飛鳥路巡りを是非お勧めしたい。
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