ウクライナ日記 第4回現地訪問(平成10年6月28日―7月11日)
6月28日(日)
4回目の現地調査への出発である。
今回はロンドン経由で予定では1週間ロンドンに滞在する。
こんなに長くロンドンに滞在できるとは幸運なことである。
津村氏がこの1週間はロンドンで仕事をするので行動を共にするのだ。
用件はF.Sの後を継いで外人サポート要員として新たに加わったLondonEconomicsの若いコンサルタントCollin Carterと協同作業でRFP(Request ForProposal)をまとめあげること、入札予定のABB社のパウエル氏に会うことである。
System Design ReportとRFPを携えて佐藤氏と共にANA201便で成田を発つ。
ロンドンヒースロー空港に午後3時10分到着、NH201便の機内食は7月28日に佐賀空港がオープンするキャンペーンの一環で佐賀の名産が詰め込まれた佐賀料理、実に旨く、美しく、芸術的な機内食であった。
ヒースロー空港では難なく入国、税関手続きを済ませ、約束のヨーロッパカウンターに着くと、名前を名乗り、ハイヤーでホテルブリタニアまで送ってくれる、まず、ロンドン郊外のドライブである。
流石に世界の中心として活躍してきた大都市の雰囲気が漂っている。
途中、世界一のデパートと言われる有名なハロッズも通過した。
ここ、ブリタニアホテルは街の中心でありながらハイドパークやグロスバーン広場に近い閑静な住宅街、部屋の調度品や設備こそ超一流とはいえないが、4つ星ホテルとしての充実感と貫禄がある。
ADAMSレストランはロンドンの中でも屈指のレストランと宣伝されている。
ロンドンの中心部は地下鉄(市民はTUBEと呼んでいる、TUBEとは面白いニックネームである)が整備されていて、旅装を解くと佐藤氏を散策に誘った。
まず、ロンドンの繁華街といえばピカデリーサーカスと思い出し、早速地下鉄駅を探した。
ボンドストリートで乗車、オックスフォードサーカスの次がピカデリーサーカスで2駅である。
運賃1.3ポンドは約300円なので日本よりはるかに高い。
1ポンドは251円の為替レート、ピカデリーサーカスは土曜日の夕刻でおお賑わい、中華街を一巡りしながら夕食をとる店を探し、ピザハットというピザ専門のファーストフードに入った。
ピザとサラダとビールをとり、2人合計20ポンド、物価も日本より高いようだ。
夜9時ホテルに戻り、睡眠不足を解消するため早目に寝ることにした。
津村氏はアムステルダムから4時ごろ電話してきた、今夜は遅くなるので会えない、明朝10時にブレークモアホテルで落ち合う約束となった。
朝5時半に目が覚め寝付けないのでホテルに備えられている観光ガイドをぼんやり眺め始めたが、GRAIT BRITAIN版は英国の各地の風景写真が美しく、とうとう朝の散歩の時間も奪われてしまった。
実にきれいなガイドブックであった。
出版社はAWAIVIATAである。
6月29日(日)
全日空が乗り継ぎのためサービスしてくれたBRITANIAホテルから、1週間を過ごすことになるブレークモアホテルへタクシーで移動、頼んだはずのタクシーがなかなか来ない。
フロントに確認すると、フロントの言い分は、所要時間を聞かれただけで手配を頼まれてはいないとのこと、私の英語が不味かったのだろうと反省し改めて手配を頼んだ。
時間の余裕は考慮していたので、遅れることはなかった。
タクシー代はチップ込みで6ポンド時間は10分、近い距離である。
地図上ではハイドパークの南東から北東に移動した感じである。
BLAKEMORE HOTELはBAYS WATER地区にあり地下鉄駅もBAYSWATERが近い。
日本でいえば民宿で、少人数で運営している。
外側は白壁で小奇麗だが、内部は木賃宿、ただこの付近はこのようなホテルが密集している。
約束の10時に津村氏が現れた。
彼もこの近くに宿を取っているとのこと。
今日は肝心のカーターが親戚に不幸があり休暇を取った。
一瞬拍子抜けしたが、ロンドンエコノミックスには話しがついているので、心配御無用とのことで出かけた。
途中コーヒーショップでコーヒーをご馳走になり、地下鉄に乗るのかと思ったらタクシーを止めた。
3人だからタクシーが便利なのだと主張していた。
それにしても津村氏は英語の堪能さ、場慣れというか、ロンドンの街を我が物顔に動き回る。
彼に尋ねてみると、もうロンドンには何回も来ている、隅々まで知っているとの答えが返ってきた。
彼のお蔭で我々も苦労しないで済みそうだ。
我々のロンドンでの仕事場はカーターの勤務するロンドンエコノミックスである。
英国の頭脳集団を集めたコンサルタント会社である。
大会社ではない、約200人が働いている。
サチャー首相時代から英国の経済政策のコンサルタントをやっているとのことで、相当の自信家の集団なのであろう、若いカーター(30代前半)で1人月450万とるのだから、私の倍である。
LONDON ECONOMICSではカーターに代わってアンドリューホームウッドという好青年が我々の応対をしてくれた。
コピーやプリントなど快く事務作業をやってくれた。
RFPの編集にとりかかったが、入札は電話とFAXで行い面談はしない方針だという。
従って、口頭の説明をしない分網羅的なRFPにしたいと津村氏はいう。
私は日本で説明のし易いRFP作りを心がけてきたのに、早くも食い違いが出た。
ややこしい編集作業に取り組まなければならない。
5時になると突然、津村氏が仕事は終わろうと言い出した。
地下鉄でBLAKEMOREホテルに戻り、チェックインを済ませ、近くのパブでビールを飲み、中華料理で夕食を済ませ、ホテルへ戻った。
ホテルは場所、環境は申し分ないが、料金が高い。
1日75ポンド約2万円である、更に驚いたのはシャワーのみでバスタブがないのである。
ちなみにブリタニアホテルは1泊5万円だそうである。
ロンドンの物価の高さにあきれる。
昼食はパスタを食べたが、7ポンド、水がボトルで2ポンドとられた。
ホテルに戻り、週末はどこかロンドン観光ができそうなので、その作戦を練った。
ロンドン郊外バスでの1日ツアーに決めて、ホテルのフロントで予約した。
昼食付きで44ポンド約1万円である。
今から楽しみである。
佐藤氏はミュージカルをみたいらしく、明日の夜ミスサイゴンを見に行こうと話し合った。
6月30日(火)
早朝6時に起床、散歩にでかけた。
ハイドパークとばかり思っていた公園は 実はケンジントン庭園であった。
緑の芝生が目に鮮やかである。
ところどころに記念碑や彫刻があり、落ち着きと気品に満ちた公園である。
広いハイドパークの北隣に位置する。
北側のランカスターゲートから入り真っ直ぐ南側へ歩いた、アルバートメモリアルセンターが建設中でビクトリア女王を記念した美しく上品な塔が建設中であった。
庭園の南、道路を隔てたところに円形劇場がある、落ち着きのある茶色の建物でロミオとジュリエットを演じている広告が出ていた、散歩の途中スペンティ川の橋を渡ったが、この川も実に美しかった。
佐藤さんとは7:30朝食の約束だったので、たっぷり1時間半散歩した。
ホテルの朝食はイングランドブレクファストで、標準の英国の朝食だと思われる。
ハムエッグ、ソーセージ、パン、ジュース、とコーヒー、値段は4.75ポンド。
味は良かった。
9時10分津村氏が迎えに来てタクシーでロンドンエコノミクスへ向かった。
初めてコリンカーターと会う。
背が高く、オーストラリア出身らしい少し赤ら顔の立派な紳士である。
落ち着いて話し、しっかり自分の意見を述べているようである。
オーストラリア訛りがあって、私には昨日のホームウッドより英語が聞き取りにくかった。
私が編集した最初のレポートのできの悪さから、PCIがフィンタンの後任として彼を雇い入れた、PCIは彼の1人月分の費用450万を負担するようNSDに要求し、我々はやむなくその要求をのんだのである。
私は彼を大いに活用して良いのである。
とにあれ、RFPの編集を昨日に続き開始した、日本語ワード、英語版ワードの互換性トラブルに巻き込まれ佐藤氏も大奮闘、プリンターカトリッジも購入して何とかプリントできるようになったが、今日の作業は効率が悪かった。
6時になると作業場所をクローズする約束になっており、幸か不幸か仕事を止めざるを得ない。
津村氏は奥さんが英国人で同伴してきている、奥さんと待ち合わせがあるといってソソクサと帰っていった。
佐藤氏と私は昨日の打ち合わせどおり、ミュージカル ミスサイゴン見物に直行した。
ボンドストリートから地下鉄でコベントガーデンヘ向かう。
ミスサイゴンを見たいというのは佐藤氏の強い希望である。
コベントガーデンにあるロイヤル劇場界隈もロンドンの繁華街で美しい街並み、劇場もすぐに見つけて、さてチケットの購入である。
佐藤氏が迷っている様子なので私がUPPER CIRCLE すなわち2階正面席でどうかと提案、入ってみないと分からないので、とにかくチケットを25ポンドで予約、コーラとクレープで空腹を紛らして7時半の開演を待った。
ロイヤル劇場はヨーロッパの典型的なオペラハウスで内装も良く歴史の古さと落ち着きを感じる。
非常に見やすい席でよかった。
佐藤氏は日本で見ると2万円位するといっているので、25ポンド6千円なら安いわけである。
ミュージカルのシナリオはベトナム戦争で出兵した米国兵士に恋をするベトナム女性の悲恋物語、ベトナム人の夫に浮気を追求され、夫を殺し、米国へ渡る。
米国で恋が不倫と分かり自殺する。
ヘリコプターで米国兵士が帰国するシーンや米国の歓楽街のシーンが印象的であった。
今夜のロンドンはサッカーに熱かった、フランスワールドカップのイングランド対アルゼンチン戦が行われ街頭のあちこちでテレビに釘付けになっていた。
我々がミュージカル見物を今日にした理由もそこにある。
今夜は劇場はガラガラだろうと予想したからである。
劇場は7割の客入りでゆっくり見物できた。
ホテルに帰ってテレビをつけるとイングランドがアルゼンチンに敗れたと放送している。
こうして今日もミュージカル見物で楽しんだ。
仕事は順調にはかどるのか気がかりであるが、楽しいことは多くロンドンがすっかり気に入った。
7月1日(水)
爽やかな朝である。
昨日の散歩の快適さを佐藤氏に話しておいたので、朝7時佐藤氏を美しい散歩コースに連れ出した。
昨日と全く同じコースでケンジントン庭園をめぐった。
ホテルへの帰り道約10人の若者が約30頭の裸馬を走らせて移動させる珍しい光景に出会った。
おそらく馬にとっての朝の運動であろう。
壮観であった。
8時にホテルで朝食9:20分津村氏が迎えに来た。
今日は10時にCOOPER&LYBRAND訪問の予定であり、コリンカーターは10時に現地で落ち合う。
ランカスターゲート付近でタクシーを拾った。
COOPERS&LYBRAND社はテムズ川の辺なのでかなりの距離である。
ロンドンの街をドライブして見物することができ楽しかった。
各種の宮殿、パリの凱旋門の小型版も数箇所見た、トラファルガー広場の4頭のライオン像も迫力があった。
ゆっくり見物したいがそうはいかない、素通りしただけである。
COOPERS社はテムズ川から少し離れたところで、何とPRICEWATERHOUSEの本社ビルである。
C&L社はPRICEWATERHOUSE社と最近合併したのである。
社名はPRICEWATERHOUSE&COOPERSと長い社名である。
世界152ヶ国で営業し、何と14万人がコンサルタントとして登録している。
本社ビルの立派さも当然のことと肯けた。
ウクライナプロジェクト責任者ポールデービス氏が応対してくれた。
約1時間の会談、向うは1人だけこちらはカーターも間に合ったので4人、早口で津村、カーターの二人が質問し、ポール氏が答える、私には会談の端々しか分からない。
またまた英語力の弱さが露呈された。
とにかくPCIと重複することはしないようにしようという結論になったようだ。
具体的な調整までは突っ込まなかったと思う。
当件に関し、我々NSD側に直接指示はない、府に落ちないままタクシーでロンドンエコノミクスへ戻った。
昼食はハムとチーズの入ったサンドイッチと紅茶、いかにも英国という感じの昼食は味も良く旨かった。
5ポンド、 午後はABB社がこちらに来る。
3時にABB社のソフトウエア専門部門として独立したABB Forstar社のKEITH HOUGHTONという年配の男性が1人来訪してきた。
卸電力システムをオーストラリアやシンガポールで手がけているからウクライナなど目じゃないという話し振りであった。
パッケージのカストマイズで対応できると想定しているとも話していた。
色々質問したかったが、津村氏と、カーターが控えていては英語が出ない、また津村氏、カーターの両者任せになってしまった。
フラストはたまるばかりなり。
とにあれ我々のRFPに対して提案書を書くと約束して帰っていった。
仕事は終わり、またパブでビール飲もうと津村氏が切り出した。
まだ外は明るい、折角ならもっと景色の好いところでと私が口を挟んだ。
ハイドパークのスペンティン河畔が良かろうということになり、3人で出かけ夕日を浴びながらビールを飲んだ。
津村氏は海外の仕事に豊富な経験を持っており、色々と面白い話を聞くことができる。
英国では芝生に雑草が生えにくいこと、英国には豊かな帝国時代の社会資本が数多く残っていること、など日英の違いの話など興味深く聞いた。
佐藤氏と2人でホテルに戻り、地下鉄BAYSWATER駅界隈を散歩、腹が空いたのでラーメンを食ってホテルに戻ってきた。
このあたりは中華料理屋が多い。
ラーメンは旨かった。
シャワーを浴びて10時床に就く。
7月2日(木)
6時起床、またケンジントン庭園の散歩に出かけた。
今日は少しコースを変えて庭園中央の池を訪ねると、なんと白鳥が約50羽遊んでいた、庭園の西南端にはケンジントン宮殿がある、朝早いので中には入れない。
9時津村氏と落ち合いタクシーでロンドンエコノミクスに入る。
津村氏はカーターと打ち合わせを始めた。
RFPの編集の件で2人で分担する話をしているようだ。
こちらには直接の指示も無く、2人のお手並み拝見である。
昼食はバケットにハムとサラダをサンドイッチにしたものを食べた。
うまかった。
午後は英国のナショナルグリッド社が訪ねてくる。
ナショナルグリッドといえば、まさにウクライナの卸電力市場のベースになっているものである。
英国ケースをCOOPERS社などの支援で、ウクライナに導入した電力卸市場のパイオニアなのだ。
私はついにここまできたかと胸が一杯になった。
同社が提案書を書くのであれば、我々としてはもっとも注目しなければならないだろう。
既に自国で経験しているのだから、適切な提案になることは間違いあるまい。
果たせるかな3人の男が訪ねてきた。
最年長者は営業担当、あとの2人は技術者だと言って紹介された。
こちらは4人で臨んだ。
4人とも名刺上の社名が違うのでどうしてかと早速質問してきた。
津村氏が1つのチームでやっているのだと一生懸命に説明していた。
PCIがプライムで残り3人はサブコンであると、
私はNGCが入札に加わるとは聞いていなかったので、別件で来たと想像したのだが、入札に加わりたい旨の話振りである。
後から聞くとカーターが声をかけたのだそうだ。
カーターのコネで話をつけたと思われる。
NGCは1990年からイングランド・ウエールズの電力決済を運営しているのである。
名刺にはESISと記されており、NGCから情報システム部門が独立したものである。
私としてはABB社などよりはるかにアプリケーションに詳しいわけだから、カーターの判断は的を射ている。
それに対して、津村氏は果たしてNGCがわざわざウクライナまで出向いてくれるのかと心配してウクライナでパートナーを探して欲しいと頼んでいた。
これもまた当を得ている。
それからEMS(Energy Management System)のプロジェクトもこのプロジェクトと併行して走っており、EMSでは入札業者にABBをはじめとして5社を第2次提案業者に決めている、その5社は当プロジェクトでも有利になるというのだ。
いずれにしてもNGCが提案書を書いてくれるようなRFPを準備しなければならない。
津村氏とカーターはその後もRFPの編集をワープロで懸命にやっていた。
佐藤氏は東京からE−メールを受けるのに腐心していた。
私は手持ちぶさたでESISの持参したパンフレットを読んだ。
いよいよロンドンでの仕事も明日1日だけである。
明日中にRFPの最終的な姿が見れれば良いが。
夕食は津村氏が日本料理屋で行ってみたい店があるという。
丸紅に勤める人が薦めてくれた店「権兵衛」がキングスクロスロードにあるというので出かけた。
津村氏の家族も加わり、寿司、天ぷら、揚げだし豆腐などを食べた。
日本酒も何種類かあった。
天ぷらがまずい、あとはまあまあといったところ。
夕食後津村さんの家族と別れ、佐藤さんと2人で近くを見物して帰ることにした。
まだ外は明るい。
ここキングスクロスロード界隈は治安が良くないと聞いている、ウエストミンスター寺院が近そうである、地下鉄で向かった。
何と夜9時半というのにパーラメントに次々に見学者が入っていく。
不思議に思っていってみると、上院と下院が見学できるのだ。
実際の議論の模様を階段席で見学できるのである。
多くのスタッフがそのために夜遅くまで働いているのだが、民衆にオープンにし、親近感を持ってもらうという意味では有意義なことだと感心した。
ここはロンドン有数の観光施設で、ビッグベンと呼ばれる時計塔のある国会議事堂はゴシックの代表建築物でもある。
ライトアップされてテムズ川に美しく映っていた。
ホテルへの帰還は11時を回ってしまったが、今日もロンドンの街を楽しんだ。
ほんとに地下鉄は便利である。
7月3日(金)
ロンドンでの仕事は今日まで、明日はオックスフォードへバス観光、あさってはガトウイック空港からキエフへ向かう。
今日は7時に起きたが、散歩もしなかった。
仕事の方では特に来訪の予定も、訪問の予定もなく、1日中デスクワーク。
津村氏はRFPの現行システムの説明部分を、カーターは提案書に記述すべき項目を編集している。
私と佐藤氏の分担はなく気楽な稼業であった。
カーターを1人月分雇っているので、我々の肩代わりがカーターなのである。
しかし、質問は次々に来る。
分かっていることを日本語で説明するだけですんだ。
午後は読み合わせでもするのかとおもっていたのだが、そこまで未だできてないようである。
こうして1週間のロンドン滞在を振り返ってみると仕事は非常に楽だった。
放課後の市内見物、朝の散歩が実に楽しかったというところ、
今日も午後7時から地下鉄サークルラインのここBAYSWATERからもっとも遠い駅であるタワーブリッジまで出かけた。
いわゆるテムズ川にかかる大きなはね橋で有名なロンドンの観光名所である。
流石に大きな見事な橋である。
夜9時頃まで外は明るく充分に観光を堪能することができる。
テムズ川河畔のホテルでテムズ川を行き交う船を見ながら佐藤氏とビールジョッキを傾けた。
2本で4.6ポンド、まだ慾が出てセントポール寺院を見物しようと地下鉄を下車し、概観だけ見てホテルへ戻ってきた。
Queensway駅で降りたのが10時半中華料理屋で焼きそば(8.5ポンド)で空腹をしのぎ11時ホテル着。
途中、フィルムを買ったが、2本で11ポンド払った、えらい高い。
明日は1日中観光ができる、宿題もなく気分が良い。
7月4日(土)
丸1日の休日、ロンドン郊外1日バスの旅、娘がロンドンに行くなら郊外を観光した方が良いと話していた、いよいよそれが実現する。
EVANEVANS社のツアー24OXFORD,COSTWOLD、STRATFORDを巡る。
費用はランチ込みで44ポンド。
8時10分ここブレークモアホテル前に旅行社の迎えのバスが来た。
ビクトリア駅付近の観光バスターミナルに着いてツアー24のバスに乗り換えた。
ガイドは太った女性クライアントの数を訪ねると34名との答えが返ってきた。
比較的ゆっくり座席がとれる発車後まもなくガイドが乗客ごとにどこから来たのかを尋ねる。
英国は勿論、米国、カナダ、南アフリカ、ニュジーランド、日本であった。
日本人は我々のほかにも2組いずれも女性の2人連れ、このガイドの質問で少し雰囲気が和んだように感じられた。
バスで走ること1時間半、小麦畑と牧草地が続くなだらかな丘陵地、丘陵地でも起伏は極めてゆるやかなので平地と言った方がよいかもしれない。
緑がもっとも多い最高の季節と思われる。
7月とはいえ少し肌寒い位である、天候は曇り。
オックスフォードに到着した、世界最古の大学がこのオックスフォードとのことである。
皇太子もここに留学したと聞いている。
学生数1万人というからマンモス大学といえる。
キャンパス内を教会、寄宿舎、学生食堂、礼拝堂を見物した。
礼拝堂のステンドガラスの美しさは見事であった。
故郷長崎の大浦天主堂もステンドグラスの美しさで有名だが、こちらの方が色の鮮やかさ、模様の木目の細かさの点で優れているように感じた。
どの建物、施設をとっても歴史と伝統を感じさせる重厚さ、気品と落ち着きがある。
写真を撮ろうととするが、あれもこれもという気になって、肝心のものを撮っているのかと疑心暗鬼になる。
普段写真を撮りつけていないので、いざと言う時に良い写真が撮れるはずもあるまい、と開き直り、義務と感じないようにした。
今日の3ヶ所の中でも一番美しいのがオックスフォードであった。
次の訪問地はSTRATFORDでシェークスピアの故郷である、アンナハサウエイコテージと呼ばれる素朴なかや葺屋根の家を訪ねた。
シェークスピアの妻か母の生家らしい。
庭も狭いがきれいな花が各種咲いていた。
英語のCOSYという形容詞がこの雰囲気ではないのだろうかと勝手に想像したりした。
昼食はここの近くのスペイン料理のレストラン味が不味くて困った。
料理の名前も覚えていない。
最後はストラトフォードアポンアボンという長い名前の町、ここはシェークスピアの生家であり、小さな農家を見物したあと、自由に見物する時間が与えられた。
町はまさに佐藤さんが表現したのだが、英国の軽井沢で道の両側にカラフルで小奇麗な商店がずっと並んでいる。
衣類、陶器、おみやげ物、ケーキ屋、その他の食料品点、小間物屋 おみやげを買う客でごった返していた。
私にとってめぼしいものはなく何も買わなかった。
とにかく1本の道路沿いにきれいな商店街が並んでいる光景が印象に残った、バスのとおりすがりに美しい川があって観光客で賑わっているところもあった。
COSTWALDというイングランドらしいという田舎町はバスで通っただけで、よさがさっぱり分からなかった。
ロンドン市内に戻ったのが6時半ホテルで小休止してまた夕食のことイギリスみやげを何も買ってないことが気になり、佐藤氏と共に街へ出た。
ショッピングはボンドストリートが良かろうと地下鉄で向かった。
夕食はステーキハウス(アンガスステーキハウス)に入った。
サーロインステーキがサービスで8ポンドこれがよかろう、ロンドンで肉の塊を食っていないと話しながらオーダーした。
ビールとサラダも頼んだ、久しぶりの肉料理でもあり味もまずまず、料金は2人締めて28.2ポンド、おみやげもディズニーキャラクタのネクタイを息子に、紅茶セットを家用に買った。
こうして楽しかったロンドン滞在も終わった。
明日キエフへ発つための荷造りにとりかからなければならない。
日本では今日瓊林会囲碁大会である、幹事を原岡君に頼んできたが、盛会であったろうか。
7月5日(日)
6:30起床 快晴キエフへ移動の1日
予定通りANAが手配してくれた迎えの車がきた、運転手は黒人、車はベンツ。
早速、大荷物を積み込んでガトウィック空港へ向かう。
ヨーロッパ内はヒースローよりガトウイック空港が使われている。
ホテルのチェックアウトはJALカードで済ました68ポンドの6日分と4朝食分。
ガトウイック空港までは1時間の快適ドライブであった。
ロンドン南部のBrixtonの美しい街並みと郊外の緑豊かな牧草地を見ながらスムーズに着いた。
快適ドライブ代として10ポンドのチップを渡した。
空港ではBritish Airwayのキエフ行きカウンターがなかなか見つからない。
流石にBritish Airwayのカウンターは数が多い、CゾーンのClub Europeであることを聞き搭乗手続きを済ませた、まだ出発まで2時間以上あるので、B.Aのラウンジで休憩を取る、日本人客も3、4人いたが、殆ど外人ばかりである。
キエフでは津村氏のアパートで過ごすことになっているので、免税店でジョニ黒1本とショートブレッドをおみやげに買った。
BA2884便は快晴の中、キエフに予定通り到着、10時45分発16時10分着、入国手続き、税関に少し手間取ったが、井坂氏とドミトリの出迎えを受けて、津村氏のアパートに着いたのが5時半。
一足先に着いていた津村氏は我々お世話になる2人のベッド作りにバタバタ立ち働いていた。
佐藤氏は早速洗濯にとりかかる、アパートは温水の供給が停止しており風呂には入れないと津村氏が言う、私は風呂がなくても凌げると思ったので「問題ないですよ」と答えた。
汗もかかないし、水のシャワーでは寒そうだ、キエフは気候的には7月がベストなのだそうである。
何と若い女性が1人いる、津村氏にウクライナで女性ができたのかと一瞬疑った。
津村氏は「そうならよいが、」と紹介を始めた。
奥さんが英国から戻るまでの間、夕食の世話をお願いしているのだそうである。
名前をナターシャといい、女学生、仕事でPCIオフィスでアルバイトしている、夏休み1ヶ月間200ドルで働いているとのことである。
日本語も勉強しているらしくこちらから質問すると、短い返事が返ってくる。
今日は初対面でもあり遠慮がちであった。
そのナターシャも加わり、佐藤さんも料理が得意なので、夕食は五目ちらし寿司と味噌汁、ミツカン酢社製のインスタント食品だが、味が良く、おかわりしたほどである。
米はタイ米をデンマークで購入したものだそうだ。
食後、私も下着だけ洗濯し、普段、ケンちゃんが使っている遊戯部屋にフトンが敷かれており11時床についた。
アパートは夫々3人が別々の部屋で寝ることができるほど広い。
温水が出ないことを除けば、何不自由なくルースホテルよりも快適である。
勝手に自宅に電話するわけにもいかないので、電話していない、気がかりなのはその程度。
7月6日(月)
8時起床、キエフは少し肌寒い、8:30には迎えの車が来るので慌ただしく洗面と朝食を済ませた、津村氏のアパート、KEN君の遊び部屋の床のフトンで熟睡することができた。
やはり私はベッドよりも平たいフトンがよく眠れる。
車でオフィスに到着、アナトリー、ビクター、井坂氏と新しい女性が1人居た。
ターニャという事務員でアンナの後任だそうである。
アンナは知性の感じられる美人であったが、ターニャはしっかり仕事のできる女性のようだ、もう1人の女性職員のスベトラーナは病院に行くため休暇を取っているらしく不在であった。
9時過ぎに昨日津村宅で会ったナターシャも出勤してきた。
今日はフランスのCegelec社が来訪するという、入札対象の開発ベンダー候補の一つである。
津村氏と5分位話し合っていたが、RFPに応じると返事して早々に帰っていった。
ワールドカップが終わるまでは仕事にならないともいっていた。
佐藤氏がNDCのLANの件で質問したいとのことで、Gasin氏に電話で打診してもらったところ午後3時ごろ訪ねてきてくれた。
何でも質問に答えていただける親しみを感じる人である。
答えられない質問は宿題として持ち帰り、調べて明日には回答してくれる。
今日はこれで仕事が終わるかと思ったところへSSAのGoloubManagerが訪ねてくるという連絡が入った。
公式の訪問であれば、日本語通訳が必要である、果たせるかな、部下のKomova,Spriknikを従えてオフィスに入ってきた。
5時半まで30分しかないが、相談があるとのことである。
Pilot Systemに関するPCIの意図、NDCとPCIとのプロジェクトを進める上での合意など、ずいぶん前進はしているもののまだ、理解できないことがあるらしい。
6時半に仕事を終え、津村氏がサウナに行こうと言い出した。
アパートに帰っても温水が出ないので、風呂に入れない。
佐藤氏と3人で出かけた、サウナは繁華街から少し離れたところにあった。
1室を3人で占有させてくれる。
天井が高く、粗く造られていて、日本のサウナと随分違った感じを受ける。
表現がむつかしいが、「豪快」でせせこましくない。
3人で110グリブナは高いと思ったが、よい経験、思い出となった。
アパートに戻り、ビール、ラーメンと津村さん自らカレーを作ってくれた。
旨いカレー作りに凝っているとのことで、さすがに味がよくおいしいカレーを味わった。
明日はタラセンコさんが我々をバーベキューに招待してくれる。
どんな別荘を持っているのか、どんな奥さんなのか、どんな物をバーベキューにしてくれるのか楽しみである。
7月7日(火)
コリンカーターがイギリスから今日キエフ入りする。7月8日(水)
7:30起床、コリンをルースホテルで迎えて9時オフィスに着く。
12時にPayment CalculationのYevdokimouの調査がセットされた、通常ならこんな昼休みの時間にはならないのだが、Yevdokimouが忙しいのである。
日本語通訳のユーリアが手配できない。
急だから仕方ない。
アナトリーが英語通訳として参加、コリンも津村氏も忙しく同行できないので、佐藤氏と3人で臨んだ。
NDCビルの1階で「手短にお願いしたい」とYevdokimouに頼まれ、40分、たどたどしい英語で質問を開始、Input Dataのこと、Output Reportの編集のことなど、新たな情報を得た。
アナトリーが懸命に通訳してくれた。
今使われている3ゾーンの単価制度も2ケ月後には変わると言う話も聞くことができた。
丁度40分で質問項目はすべて網羅したので、満足の行くインタビューであった。
金曜日の10時にSSAプレゼンテーションの予定が固まった。
英語で原稿を準備した。
5時半、津村氏が日本センターへ温水シャワーを浴びに行こうと誘ってくれた。
佐藤氏井坂氏の3人で日本センターヘ向かった、日本センターでは佐藤所長と2人の女性事務員が出迎えてくれた、その中の1人が日本語通訳のユーリアである。
早速、ユーリアには金曜日のプレゼンテーションに立ち会ってくれるよう頼んだ。
佐藤所長は我々にシャンパンをごちそうしてくれた。
津村氏も加わり、日本人5人で近くのレストランで夕食、アパートに戻ったのが9時半、サッカーワールドカップ準決勝第2戦フランス対クロアチアをテレビ観戦、フランスが勝ちそうなところで床についた。
11時
7月9日(木)
7時半起床、曇り、今日は平穏な1日であった。
明日10時に予定されるSSAプレゼンテーションの資料作り、11時に津村氏がレビューを始めた。
佐藤氏が英文を編集して午前中ドラフトができあがった。
午後は最終校正とロシア語訳、私はRFPに再度目を通し修正個所に手をいれていった。
明日の午後までにRFPの見通しをつけなければならない。
コリンは昨日私が、SSAの情報フローを説明したのだが、それを1ページに分かりやすく図にしてくれた。
全体を把握するには良い資料である、ここまで書くことができるということは、Applicationの理解ができているということであり、ISのスキルも十分にあるという証拠である。
流石に優秀な人材である。
ただ、気になるのは、彼がPilot Projectをステージ1、ステージ2と分けていることであり、ステージ2の意図が私には良く理解できない。
何もステージ2を位置づける必要はないと私は考えている。
どうも津村氏が指示したようで、一通り出来上がったら改めて、いろいろ話し合いたい。
帰り道スーパーのカシタンへ寄って買い物し、佐藤さんの手作り料理、野菜いため、卵いり吸い物で夕食。
もうキエフでの仕事も明日1日を残すのみとなった。
津村氏からは次の仕事の話もでている。
もし日本政府が受けてくれたら継続してやってくれないかと頼まれた。
私としては継続の仕事は大賛成、佐藤さんはどうだろうか? 11時就寝
7月10日(金)
8:15起床、二度寝入りのため、時間ぎりぎりの目覚め朝食をとるどころでなく、皆を5分待たせてしまった。
小雨模様である。
10時SSA部門に対するプレゼンテーションの始まりである。
4月のプレゼンテーションが大成功を収めたこともあり、今度も成功させたい。
またその自信はあった、
Spriknik、,Yalovoy、Yevdokimou兄弟、それにGasinさんも集まってきた。
会場はPCIオフィスなので、(前回は電力会社の会議室)準備は簡単である。
Goloubマネージャはやや遅れてこられ、10分後には退席された。
Golubさんに理解していただくのが目的と考えていたので、少し拍子ぬけした。
津村氏が導入部として5分話し、私の出番となった。
勿論日本語で説明し、ユーリアがロシア語に通訳する。
手書き資料はロシア語で作成され出席者の手元に配られている。
Pilot Project の概要を約40分説明した。
説明の後、Q&Aを行った。
もっとも関心が高いのはRDBが何になるのか、ということらしい。
Oracle,Informix,Sybaseなど候補を前回出しているので、その内の何かであることは想定しているようである。
「業者の提案を見た上で決める」と返答した。
コリンカーターも津村氏も私の説明は説得力があったと誉めてくれたので、私もホッと一安心した。
前回ほどのユーザからの称賛はなかったが、今回は無難に終了したというところかもしれない。
午後は議事録のレビューとRFPのドラフトが一通り揃ったので再度目を通した。
特に宿題も出ないで5時になり、今日はローカルスタッフにボーナスが支給される日でもあり、PCIオフィスのパーティが始まった。
スベトラーナとターニャが甲斐甲斐しくパーティの準備を始めた。
シャンペン、コニャック、ビールとアルコールも用意されている、ローカルスタッフの中でただ1人の愛煙家アナトリーが私と佐藤さんを誘って廊下にたばこを吸いに出る。
アルコールが干しあがると、津村氏が1リットル入りのコニャック マーテルを取り出してきた。
一時はお開きになるかと思われたパーティはマーテルのために再び盛り上がり、とうとう10時まで続いた。
帰りの車はコリンとアナトリーの3人で、コリンをルースホテルで降ろし、アパートへ着いた。
アナトリーが最後である。
アナトリーはよく飲んで今日はかなり酔っ払っている。
明日から夏休みをとるという開放感も手伝っていたと思われる。
こうして最終日も楽しく終わってしまった。
明日はキエフを発つ。
7月11日(土)
キエフからフランクフルトまで順調にきたが、全日空が3時間遅れると知らされる、フランクフルトの全日空カウンターは既に混雑しており、我々ビジネスクラスの乗客はファーストクラスのカウンターで手続きしてくれた。
どこのレストランでも共通に使うことができるクーポン券が配られた、1人45ドイツマルクまでのバウチャーである。
佐藤さんと二人で空港内のレストランを一通り見て回った中で、シェラトンホテルのビストロ マクセルに入り、クラブサンドやサラダ、ビールなどで腹一杯になり、遅れの3時間を費やした。
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