第14回日韓囲碁親善試合報告記


主題は11/15/03IBM韓国で開催された。

日本側行動概略記録を以下に記す。


11/13()KE702成田発12:55で出発

ソウル着15:35.着後日本の旅行会社であるベストツアーと提携しているハンナラ旅行社のガイド 宋(ソン)さんの案内でソウルに向かう。ホテル着後形だけの免税店案内を受け、金(キム)さん、姜(カン)さんの主催する歓迎晩餐会が近くのレストランで催された。

 夕食後ホテルで日本人による囲碁大会が始まる。

 当然のことながらキムさん、カンさんも参加、更には張(ジャン)8段の飛び入り参加があり大いに盛り上がった。ジャンさんは明日お客さんを連れてラスベガスで開催されるCOMDEXに行くため今回の親善試合は参加できない。対戦が終了したのは午前2時。大体は日本側の敗退となったようだ。


 11/14(金)

 日本側の要求により、早朝からキムさんが典型的な韓国レストランまで、バスで案内してくれた。キムさんもわがままな日本人と付き合って大変だ。そのレストランから地下鉄でロッテホテルに行き、板門店観光専門の旅行社のツアーの一員となった。

悲劇の南北分断統治の象徴を目の当たりにでき、全員感慨深い思いであった。

ここは個人では来られないところで専門の旅行社の団体ツアーに頼らざるを得ない。理由は板門店の治安維持にあるようだ。板門店に到着すると国連軍のバスに乗り換えさせられる。そのバスには実弾の拳銃を装備した兵隊が護衛と称して乗り込んできた。更には安全を保障しない誓約書を書かされ、そういう危険地帯に入ってきたという実感を得た。また、周りは全部地雷原なので不用意に道の外に出ないよう指示があった。

 南北会談が行われる建物に入ったり、北朝鮮の監視塔に自動小銃と思われる物を持った兵隊が立って監視している様子や、国境の様子、南北の政策の違いなどの案内を受けた。昼食は兵隊食を酒保で食べたりして今回の旅行としての主目的は満足のいくものとなった。

 夕食は高本さんの案内でサムゲタン専門料理屋「百済」。

 夜は日本人だけの囲碁大会。明日のメインイベントに備え12時半就寝。


 11/15日()

 朝食は分散してホテル近くでとる。タクシーに分乗し韓国IBMに向かう。ここでも建物の外でキムさんがにこにこして待っていてくれた。

 10時、カンさんの司会で試合開始、日本側はAグループ5人、Bグループ4人で、日韓対抗戦の形をとった。結果はAグループでは谷野さんが4戦全勝で優勝、Bグループでは中山さんが3勝1敗で2位、牛島さんが同じく3勝1敗で3位となり、日韓で星をほぼイーブンに分けた。

 夜は韓国側8人、合計17人による晩餐会。キムさんも始めての場所らしい。

 韓国側には若い人が対抗戦の新人として何人かいた。日本酒、ウイスキー、韓国酒と入り混じり、高級料理に舌鼓をうった。日本側は一人3万ウオン(3千円弱)を負担したが、割り勘だったのかどうか。

 ホテルに戻り、カンさん、キムさんを交え囲碁大会。キムさんは明日の運転に備え早々に引き上げたがカンさんはバスがなくなってもタクシーで帰ると言って遅くまで付き合っていた。

 12時半就寝。


11/16日()

 ハイキング組はカンさんの迎え、滞在延長組はキムさんの迎えで分散行動の日となった。

ハイキング組は現役3人、滞在延長組は退職者4人、今日帰る池野さんも合流し合計5人。

水田はハイキングを予定していたが、不眠症にたたられ睡眠不足なのでホテル残留とした。

 日本人による囲碁大会は優勝が、水田4勝1敗、2位木谷さん5勝2敗、3位高本さん3勝2敗となったが、全員集合の機会がないので、確認発表もできず、表彰もなし。幹事の不手際が露呈した。

 今日帰国予定のハイキング組3人、谷野さん、木谷さん、加藤さんと、池野さん、水田が3時前にホテルロビーに集合。カンさんの差し入れのマッカリを受け取る。

 ハンナラ旅行社のバスで仁川空港に向かう。

 ソウル発18:40KE705で帰途に着く。成田到着後流れ解散。


以上が概略である。


以下に書記の個人的雑感を述べる。日韓親善囲碁大会に少しでも興味を持つ人が増えれば幸いである。



ホテルロビーの生バンド

ホテルの外観



キムさんが早朝連れて行ってくれた料理屋


ロッテホテル

板門店の象徴

銃撃戦が展開された中庭、奥は「平和の家」、手前は「自由の家」

南北会談の行われる建物。兵隊はテコンドウで構えている


美味しかったですか?

例えばN氏やU氏


カンさんによる開会式


Aグループで4戦全勝で優勝した谷野さん、おめでとう!


14回日韓IBM囲碁親善試合出場者


長時間拙い文章を読んでいただいた有難うございました。


水田幸夫