主題は11/15/03IBM韓国で開催された。
日本側行動概略記録を以下に記す。
11/13(木)KE702成田発12:55で出発
ソウル着15:35.着後日本の旅行会社であるベストツアーと提携しているハンナラ旅行社のガイド 宋(ソン)さんの案内でソウルに向かう。ホテル着後形だけの免税店案内を受け、金(キム)さん、姜(カン)さんの主催する歓迎晩餐会が近くのレストランで催された。
夕食後ホテルで日本人による囲碁大会が始まる。
当然のことながらキムさん、カンさんも参加、更には張(ジャン)8段の飛び入り参加があり大いに盛り上がった。ジャンさんは明日お客さんを連れてラスベガスで開催されるCOMDEXに行くため今回の親善試合は参加できない。対戦が終了したのは午前2時。大体は日本側の敗退となったようだ。
11/14(金)
日本側の要求により、早朝からキムさんが典型的な韓国レストランまで、バスで案内してくれた。キムさんもわがままな日本人と付き合って大変だ。そのレストランから地下鉄でロッテホテルに行き、板門店観光専門の旅行社のツアーの一員となった。
悲劇の南北分断統治の象徴を目の当たりにでき、全員感慨深い思いであった。
ここは個人では来られないところで専門の旅行社の団体ツアーに頼らざるを得ない。理由は板門店の治安維持にあるようだ。板門店に到着すると国連軍のバスに乗り換えさせられる。そのバスには実弾の拳銃を装備した兵隊が護衛と称して乗り込んできた。更には安全を保障しない誓約書を書かされ、そういう危険地帯に入ってきたという実感を得た。また、周りは全部地雷原なので不用意に道の外に出ないよう指示があった。
南北会談が行われる建物に入ったり、北朝鮮の監視塔に自動小銃と思われる物を持った兵隊が立って監視している様子や、国境の様子、南北の政策の違いなどの案内を受けた。昼食は兵隊食を酒保で食べたりして今回の旅行としての主目的は満足のいくものとなった。
夕食は高本さんの案内でサムゲタン専門料理屋「百済」。
夜は日本人だけの囲碁大会。明日のメインイベントに備え12時半就寝。
11/15日(土)
朝食は分散してホテル近くでとる。タクシーに分乗し韓国IBMに向かう。ここでも建物の外でキムさんがにこにこして待っていてくれた。
10時、カンさんの司会で試合開始、日本側はAグループ5人、Bグループ4人で、日韓対抗戦の形をとった。結果はAグループでは谷野さんが4戦全勝で優勝、Bグループでは中山さんが3勝1敗で2位、牛島さんが同じく3勝1敗で3位となり、日韓で星をほぼイーブンに分けた。
夜は韓国側8人、合計17人による晩餐会。キムさんも始めての場所らしい。
韓国側には若い人が対抗戦の新人として何人かいた。日本酒、ウイスキー、韓国酒と入り混じり、高級料理に舌鼓をうった。日本側は一人3万ウオン(3千円弱)を負担したが、割り勘だったのかどうか。
ホテルに戻り、カンさん、キムさんを交え囲碁大会。キムさんは明日の運転に備え早々に引き上げたがカンさんはバスがなくなってもタクシーで帰ると言って遅くまで付き合っていた。
12時半就寝。
11/16日(日)
ハイキング組はカンさんの迎え、滞在延長組はキムさんの迎えで分散行動の日となった。
ハイキング組は現役3人、滞在延長組は退職者4人、今日帰る池野さんも合流し合計5人。
水田はハイキングを予定していたが、不眠症にたたられ睡眠不足なのでホテル残留とした。
日本人による囲碁大会は優勝が、水田4勝1敗、2位木谷さん5勝2敗、3位高本さん3勝2敗となったが、全員集合の機会がないので、確認発表もできず、表彰もなし。幹事の不手際が露呈した。
今日帰国予定のハイキング組3人、谷野さん、木谷さん、加藤さんと、池野さん、水田が3時前にホテルロビーに集合。カンさんの差し入れのマッカリを受け取る。
ハンナラ旅行社のバスで仁川空港に向かう。
ソウル発18:40KE705で帰途に着く。成田到着後流れ解散。
以上が概略である。
以下に書記の個人的雑感を述べる。日韓親善囲碁大会に少しでも興味を持つ人が増えれば幸いである。
今回も幹事は木谷さんだった。前々回も木谷さん、木谷さんは韓国側から見ればMr.Japanのような存在になったか?いずれにしても大変なワークロードを提供して頂いて有難うございました。また、昨年の秋は軽井沢まで韓国勢を招待して大変好評を博したようです。重ね重ね有難うございます。
僕も前々回に引き続き書記を申し出た。分担の一翼は担いたい、と言う思いだけで、文才の無いのを省みずただワークロードの提供のみである。
囲碁キチ、高本さんと池野さんは出発前に1局を打った模様。時間不足のため公式には反映しなかったが。
僕はインターネットで時間を調べ十分余裕を持って出発したはずだが乗り換えに時間を食ったせいか、予定していた京成特急に乗り遅れる。新宿でトイレに寄ったこと、日暮里に着いて乗車券を何処にしまったか分からなくなって青くなって探しているうち切符ではなくカードで乗ったことを思い出した。完全に京王線(切符)と山手線(カード)を混同していた。更に成田集合を10時半と錯覚していたのでそれにはスカイライナーに乗るしかないと思い、切符を買う。ホームで牛島さんと出会って彼は特急で行くというので初めて集合時間の錯覚に気づく。一緒にスカイライナーで行こうと誘ったが簡単に断られた、しっかりしている。最近不眠症のせいで、この種の珍事、錯覚は枚挙に暇が無い。スカイライナーは後から出て先に着いたので牛島さんは後から来て「お早いおつきで」と皮肉られた。
池野さんはわざわざ日本酒を買って持ってきてくれた。重たいのに美味しい酒に拘る根っからの酒飲み、ご苦労様。
免税店で更にウイスキーや日本酒を大量に仕込んだ。こんなに買わなくても韓国酒だって美味しいのに!僕はマッカリも大好きだからそれで十分と思っていた。しかし、親善試合の後、大吟醸が韓国料理に実にフィットしていた。そこまでは思いが至らなかった。
高本団長はタバコを2本も買っていたがgiveaway用と後で知る。身銭を切ってのお土産は韓国唯一?のタバコ吸い(チョイさん)の手に渡った。カンさんは、彼を冷やかして来年の日本訪問はタバコの吸いすぎで病気になり行けないだろと言っていた。
韓国航空はアシアナ航空が参画してから殿様商売と縁を切り、低価格で勝負、何時も満員だ。商売上手。
成田―ソウルは2時間強。その間に食事のサービス、免税品販売、入国案内と客室乗務員はてんてこ舞い。実に忙しい。当グループも碁盤は出してみたものの、時間不足で公式戦はなかったようだ。
仁川からソウルのバスは、低運賃と引き換え条件として免税店によることを義務付けているらしい。従ってハンナラ旅行社の計画では、新羅ホテルの免税店によってからCOEXに行くつもりだったがカンさんが夕方のラッシュにかかって、身動きできなくなるから先にCOEXに行ってそこの免税店で格好をつけるようネゴってくれたらしい。
日本人のパスポートは2千ドルで売買されているようだ。ガイドさんはくれぐれもパスポートを無くさないよう何度も念を押していた。「私が首になります。」とまで。
夕食は韓国IBM囲碁部の予算による接待で、豚の焼肉。油だらけの大きな塊を鉄板で焼きながら小さく切っていく。贅沢を言わせて貰えば韓国滞在はたった3晩、自費でいいから美味しいものを食いたい。カンさん、キムさん同席。
カンさんとキムさんはどうしてこんなに親切なのだろ。どうしてこんなに時間を割いてくれるのだろう。全く素晴らしい人格だ。僕も体力を改善してこんな人になれればと思うのだが。
滞在したホテルはCOEXインターコンチネンタルホテルと言う高級ホテル。延泊すると1万8千円と聞いた。確かに僕の経験では最高のアコモデーションの一つ。
9人なので3人が同室。木谷幹事が自らExtrabedを申し出た。値段は全く一緒とのこと。
兵藤さんは木谷さんに遠慮したのか床に寝て、結局Extrabedはなし。麗しい。
14日の囲碁大会は高本・水田の部屋でやった。大盛況。僕は組し易しと見られたか谷野さんから挑戦を受ける。飛行機の中で寝たせいか、谷野さんが不調だったからか、多分その両方が当たっていると思うが、僕も予想外の中押し勝。
カンさん、キムさんも途中から参加、まだ対戦していない人は直ぐに彼等と試合開始。
ジャン8段の飛び入り参加も大いに賑わせた。木谷さんもこのチャンスを逃がしてなるものかと1時前から挑戦、見事中押しで勝ったが本人は「攻めあいは本当に私の1手勝ちなんですかね」と何度も周りに確認していたが、それを見ていた中に高段者がいなかったのか聞かれたほうも???
ジャンさんが2時に木谷対戦を終えて帰ろうとするとN氏が泊まっていったら、なんだったら僕と一緒に寝てもいいよ、と、嫌らしいoffer,ジャンさんは「僕の家はホテルよりずーっといいんだよ」N氏よりは奥さんが良いに決まってます。ごちそうさん!!!
僕の2回戦は池野さん。この人は必ず「水田さんにはいつもやられっぱなし、嫌な人だよ、この人は」が開始前の挨拶。ところが、実際は今年の前半は確かに3-1で僕の方がいいが、後半は仙石合宿で0-2、通算僕の3連勝3連敗。全くのeven。僕には逆にやられっぱなしのイメージしかない。嘆いて自分を鼓舞するのが池野流極意か。この1戦は運良く中押しだった。最後の一手を見物していた某氏が僕の手を見て「すごいな」「でも大丈夫」とヌカシオッタ。碁打ちの風上にも置けぬ奴。池野さんはそれぐらいは分かっていたらしいが流石高段者投げ場を綺麗にしようとして投げてくれた。僕にはそれが分かったがクダンのヤカラは池野さんが投げた後解説をした。高段者に失礼な!(笑)
金曜日はキムさんが早朝からバスで韓国料理屋に連れて行ってくれた。全くこの人の献身的貢献には頭が下がる。我々の滞在中は家庭も仕事も手がつかないのでは。
ロッテホテルの2階にある「板門店観光情報センター」では、日曜と祝日を除く毎日10;40-16:40板門店ツアーが運行されている。価格は66000W(約6600円)。決して安くはない。僕のゲスでは2万Wは国連軍の懐に入っていて、維持費に当てられている。ゲスが当たっていれば僕たちも目くそではあるが、平和維持に貢献したことになる。日本人もアメリカ人と思われる人など大勢来ていた。E-Mail;jsa33@korea.com
パスポート持参義務があり、板門店に入ると国連軍司令部前方基地であるキャンプポニパスで軍事専用バスに乗り換えブリーフィングを受け共同警備区域(JSA;joint security area)に入り1時間板門店境内をツアー。
署名をさせられた訪問者宣言書には「敵の行動によっては危害を受ける、又は死亡する可能性があります」と書いてある。
ソウル西北わずか62km,一旦ことが起こればソウルも壊滅の危険がある。
我がグループの某氏がジーンズ風のズボンを履いてきていたらガイドさんがズボンを持ってきて履き替えろと手渡した。あらかじめそういうガイドがあったので追い返されても仕方が無いのだが、親切といえよう。
過去に国連軍の兵隊が木が大きくなって見通しが悪くなったので木の枝を切っていたら、北朝鮮の兵隊に銃で撃たれ、銃撃戦が展開されたことがあったらしい。当然何人もの死傷者が出た。
銃撃戦が展開された中庭、奥は「平和の家」、手前は「自由の家」
ニュースで見たことのある南北回談が行われるかまぼこ型の建物を見物していた時のこと、アメリカ人のご婦人が「さあ、南北会談を行いましょう。貴方が北の代表、貴方は南の代表、さあ向き合って座って」と言ったのが余りにも面白い言い方なので噴出してしまったら、つられて彼等も大爆笑。
面白いのは国旗掲揚台。韓国側は100mの高さだが、北朝鮮の方は遥かに高い。また国旗も大きい。こちら側は住民が住んでいるので高くて重いと危険だと判断しているが、北朝鮮側は住民がいないので、大きくできるらしい。
韓国側はshow window政策で、韓国側が如何に豊かであるかを見せるため板門店の村は人口数百人に限定、大きな耕地面積を各戸に与え、税金も無し。1戸平均の年収は1千万円に達するとのこと。耕地は世襲制で分割相続はできない。
北朝鮮側も大きなアパートが一杯建っているが毎日同じ時間に点灯、消灯を繰り返しているし、人影は見られないので住民はいないらしい。
北の山は全部禿山、薪として持っていかれたのだろう。
南北縦断鉄道もその後行き詰っている。韓国側も経済情勢の悪化でそれどころではないらしい。
護衛の兵隊さんが行きと帰りと同じ場所でバスを降り、行きは実弾装填、帰りは逆に実弾を抜いていた。
酒保の昼食はアメリカ的だが結構いける。こんな閉鎖社会にいると飲食やテレビ等の娯楽くらいしか楽しみが無い。
夕食はカンさん紹介のサムゲタン専門店が閉鎖されたのか見当たらない。高本師匠が前回松谷さんに教わった百済という店の名前と道筋を覚えていたのには驚いた。4年前のことだ。僕などは全部忘れていたが高本さんに連れて行かれて初めて思い出した。アマ7段の恐るべき記憶力!ここのサムゲタンは殆どの日本人には口に合うだろう。ビールやお酒を結構飲んで2000円ほど。
板門店の往復はバスの中で良く寝たが、百済からホテルに帰る地下鉄では正体不明に寝入った人が多かった。
今日の碁会は日本人だけで行った。昼寝を十分したせいか、手が良く見えて加藤さんに盤面2目勝ち、高本さんにも勝った。加藤さんとは中国旅行で負けて以来の対戦、高本さんとは2連敗中なのと、今回参加のトップお二人に勝ててこんなうれしいことはない。この晩は加藤・谷野お二人の部屋が碁会所となった。
しかし、高本さんとの対戦で僕が大石を取りかけて3手も打っているのに全部手抜きをされて大所のヨセを打たれた。3手打って初めてこの石は完全に生きていることに気が付いて愕然と来た。見えているようで見えていない!!!
明日の本番に備えて今日は早く寝ようという雰囲気もあって僕は12時半に就寝。
しかし、高段者二人との対戦で疲れたか眠いのに眠れない。持参していた睡眠薬は全然効き目なし。2時半ごろ別の薬を追加して3時には何とか眠れたか。
15日、いよいよクライマックスを迎えたが、朝起こされても眠い眠い。今頃睡眠薬が効いてきたか?朝食は多数派はマック。こんなところまで来てマックを食べることもなかろう等と言いながら。食欲の無い人もいた。僕は朝はパン食なのでマックでも何の不服も無い。
ソウルのタクシーは大型があり、6人は優に乗れる。大型1台と普通車1台都合2台に分乗して韓国IBMに向かう。場所は僕が現役でサポートに来ていた当時と同じ。余り成長していないのかな?玄関外にはキムさんがニコニコしながら待っていてくれた。今日のソウルはすごく寒いのに!
今回の親善試合は「真形ルール」が採用され、韓国でも.5段が沢山誕生し、賞金も真形杯と全く同じ(30K,20K,10K:10K=約1000¥)と言う具合でした。
10時頃カンさんの司会で試合開始。このくだりは谷野さん、中山さんにお願いする。僕は絶不調。左のほっぺたをひっぱたかれ右を向くとまた叩かれるというありさま。全くおかしい。全然見えない。谷野さんは最近また一団と調子を上げてきていたが今回は4戦全勝という素晴らしい成績を収め益々自信を深めた様子。
中山さんは全部棋譜を取りながら対戦し、好成績を残した。余裕!
日本勢の陣容は中山4段、木谷4段、水田3.5段、牛島3段。お世辞にも精鋭とは いえない。対する韓国勢はCho4.5段、Lee4段、Hur4段、Kim3.5段、Seo3.5段 .。総当たり戦だが日本勢は4人なのでKimさんとChoさんは2局対戦。なお段位につ いては日本側に合わせた。韓国ではアマには有段者はいない。日本でいう4段以上は 1級となる。現にわたしはその後碁会所で4級で打っている。手合時計を使わないの で持ち時間はなし。ルールは真形ルール。
初戦Leeさんと対局して負け。Leeさんは4戦全勝でBグループで優勝することになるの だが。最初からいやな予感。ことによったら全敗もあるかも。団体戦はこれだからい やだ。グループのメンバーに迷惑かけることになるかも。2局目から気をとりなおし て対戦。Hurさん、Seoさん、Choさんと連勝して結果は2位。実は牛島さんも3勝し たのだが段位の差で3位に。牛島さんには申し訳なかった。
さて中国人もそうだが韓国人も力碁である。非力なわたしとしてはたいへん迷惑なことである。コツというほどでもないが、このようなときは厚く打つに限る。地はあまり気にしなくていい。どうせ戦いに持ち込まれてしまう。終わってみれば日本側の9勝7敗。優勝こそ譲ったものの健闘というべきだろう。
今回棋譜をとったが昨年ヨーロッパ囲碁コングレスに出たときほとんどの人が棋譜をとっていたを見てそうしようとおもったのである。持ち時間に余裕があれば是非みなさんにもお奨めしたい。
中山 孝雄
第14回目となる世紀にまたがるこの親善大会に参加できた上、 Aクラス優勝というラッキーも加わり有頂天で帰国してまいりましたが 好事魔多しとよく言われるように、翌火曜日の早朝会議が終わりかけた 時から、変事が始まりました。 何か腸に異変がということで、トイレに 駆け込み、何とか落ち着いたかなと思った矢先、今度は悪寒が始まり このまま、会社で仕事ができる状況ではなくなってしまいました。 なんとか、家にたどり着くやそのまま寝込んで、約二日間何も食べれ ない状況になってしまいました。 本日は磨り減った体に鞭打ち何とか気力で仕事をしていた次第です。
皆さんも遊びすぎに注意しましょう。
さて、大会は11月15日(土)10:00から韓国IBMの社員ルームのような 場所にて行われました。 (2年前と同じ) 日本IBMからの9名はAクラス 5名、Bクラス4名にわかれ、対する韓国IBM、LG−IBM連合の11名が 6名、5名で(皆さんおなじみのGSKimさんが午後から急用で抜け、Aクラス からBクラスに1名移動)行われました。 そのため、人によって5戦する 人と4戦になったいた人がいて、日本だと口やかましい連中がちゃちゃを すぐ入れる人たちがいるのですが、そんなこともなくスムースに始まりました。 (これも親善大会なるが故か)、前回は日本から時計を持っていき、きっちり した、大会でしたが今回は土産も嵩張るし前回時計がSecurity checkに引っかかり大変な思いをしましたので、今回は時計なしの大会となりました。(当初、Kahnさんからは時計持参をお願いされましたがやんわりと断るのに 苦労しました(笑))
私の緒戦の相手はLG−IBMの囲碁部長であるChoさん、昨年の合宿、 3年前の大連にも来ていますのでご存知方も多いと思います。私も実は3回 目の対戦。 最初は3年前大連、昨年館山合宿の後軽井沢で打ちました。 いずれも、私の先番白で勝ってます。 本戦では初対決。しかも互先で私が 黒を持ちました。 打ち進むに連れ徐々に地合で引き離し安心したところを、 周りから相手の地を減らせば楽勝なのに私の悪い癖がでて、強引に打ち込み 猛然と取りに来られた、万事休す生きが見えない。 なんとか、打ってるうちに 相手の石のダメがつまり、何とか渡りと生きの見合い。 これで、中押し勝ち。 ラッキーな勝利。
続く第2戦は親善試合初登場のYangさん、まだ30代になりたて(?)。 なかなか、理知的な顔で相当手ごわそう。 私の黒番コミもらい。 この碁 も、前の碁と同じ経過をたどり、地合でリードしてる中またしても相手の 相手の一等地打ち込む。 相手は悠々と対応し少し相手が違ったかな、と 後悔しきり。でも取られても、まだ負け碁にはならないと気楽に打ったが、やはり 置かれると生きが無い状態。 ところが相手はハネから来たので、劫になってしま いました。 これまたラッキー。 しかし、勝負は劫材の次第。 ここで私の唯一 右辺の「弱い4子を攻めるぞ」と言う劫材。これに効いていると永遠に劫材を与えるの で、「エイッ」とばかり、解消しそのしのぎ勝負。 これの石が相手の緩着もあっ て、なんとか下辺の石につながり、これで中押し勝ち。 これまた、ラッキー。 結果的にはこの試合が実質的な決勝戦だったようです。 このJangさん、加藤さん、 池野さん、兵藤さんを破ってます。Kahnさんと同率3位。
ここで、昼食。 地下にある中華料理店。 韓国の中華料理店はやはり 中華料理店でした。(キムチが無かった)
さて、第3戦は手空き。 Yangさんも同じく手空きなので楽盤1局。 今度 は無理筋をしっかり捕らえれて負けました。 その後暫しの休養。 これが結果的に 良かったかも。
続く 第4戦は5.5段のKimさん。 有名なKimとは違いやはり親善試合 初登場のようです。 やはり私の黒番コミもらい。前2戦の反省もあり、今度は厚 く打つ。 その甲斐あって相手の白石が浮き包囲網ができた。 相手も隅の効き筋を見て安心 しているが隅を捨てれば逆襲で取り込めると考えていたら、私の読みどおり打ってき て、相手の大石をしとめての楽勝。 これで3連勝。
最終戦は昨年合宿に来られたChoiさん。 古くからのお付き合いで、第1回 当時からのお付き合いではないでしょうか。 でも、私は初対戦。 このChoiさん なかなかの力戦家タイプ。 加藤さん、高本さんとの碁で大きな劫を仕掛けてます。 実は私は途中からですが見てまして、結構強引に仕掛けてくるだろうを予期してまし た。私の黒番2子局。 序盤から中盤にかけては終始厚く打つ。 相手はじれて強引に 仕掛けてきて、これまた劫に。 簡単に1隅捨てて劫を解消すると相手の弱い石ばか り、それらをねちねちと攻め立てて、隙を突いて10数目の相手の石を飲み込んでは、 もうこれ以上粘りようが無く、中押し勝ち。
晴れてこれで4連勝。 前半2つはラッキーな勝ち、後半2つは快心の勝ちだっ た大会でした。 賞金は3万元。 ほぼ真形杯と同じ金額。 Kahnさんも真形杯 の採用など、随分日本方式を取り入れてるようです。 2位になったKahnさんと の対戦が無く残念。(本音は?としましょう)
Aクラス 11勝 12敗 Bクラス 9勝 7敗 トータル 20勝 19敗 (日本側から見て) 優勝、2位、3位をそれぞれ取り合うなど、絶妙のバランスでした。
韓国IBMへ来ての対戦から早6年(?)最初の頃と違って、相手は余り勝負に こだわらなくなってきたような。 これも経済発展と関係あるのかも。 また、意外と実戦不足では?それだけ忙しいのか、我々日本人の実戦が多いの か。おそらく後者かもしれません。 なにしろ、毎週のように碁会がありますから。 相手は若い、しかも登場人物が変わる。 これもうらやましい限りです。 私達ももっとフレッシュに。(というと怒られるかな?)
M. Yano (谷野 正義)
試合終了後歓迎夕食会が開催された。雰囲気の良いレストランだった。僕の隣は中年の新人二人。二人とも日本IBMとの接触は始めてらしい。来年は日本でやるから来い、と言ったらそうしたいといっていた。大吟醸は美味しかったが2本しかなかった。ウイスキーも売れたが日本酒の方が良さそうだった。韓国酒は百歳酒という銘柄でにんじんも入っていた。結構いける。高価だそうだ。
今日の碁会所は兵藤、中山、木谷、三氏の部屋が碁会所となった。昨日中山さんから挑戦を受けていたが、待っていてもなかなか来ない。そこへ加藤さんがやろうよと言ってくれたので普段チャンスのない加藤さんにお願いして、後で中山さんに怒られた。今日は逃げるなとまた怒られた。中山さんは僕をカモネギと思っているらしい。事実今年は2勝4敗で大幅に負けているし、現在2連敗中だ。
今日の中山さんさん(3・3)は慎重に時間を使い、まず4スミを押さえ次に僕の模様を消して絶対負けない打ち方だ。僕にも若干のチャンスはあったが如何せん、全然見えない。中山さんさんの壁攻めで僕のいいところは全く無くなった。また、寝不足は酒を飲んで変化を呼び込もうという作戦もあって、対戦中しこたま飲んだが、状況変化は起こらなかった。
酒の飲みすぎもあり結構きついことを言ってしまった。「中山ごときに負けてたまるか」とかなんとか。こんなことは腹の中で思うのは自由だが口から出すべき言葉ではない。中山さんさん、大変失礼しました。
また、池野さんからこっぴどく怒られた。「しらふの水田さんから侮辱を受けた」というのだ。それで今日星取表は韓国サイドから見るべきところ池野さんについては日本サイドから見てトイレで会ったときに2連勝素晴らしい、3連勝は流石、と言ったことを思い出した。2度も間違えていた。池野さんは黙っていたが普段も寡黙な方なので、気にしなかったがこれだけ怒らせるには相当嫌味なことも言ったのではないか。池野さん、大変失礼しました
対戦中、兵藤さんが廊下を通っていたら、高本さんの部屋から女の人が出てきたよ、部屋に帰ってチェックをしたら、という嫌なニュースが入り二人で素っ飛んで行ったが、何事も無くてほっとした。後でこの女性はマッサージ師で部屋を間違えたのだろうということだった。
中山さんさんからは「水田さんが部屋に帰ったときに僕は2手打ったかも知れません」とからかわれたが、「中山さんがそんなことをする人じゃないよ」と言ったら、ジョークの分からない奴だなという顔をして黙ってしまった。どういう返事を期待していたのかな?
中山さんさんは超慎重で我々が1局打っている間に2局も済ませた人がいて、まだ打っているのといわれる始末。遂に20目ほど負ける。中山さんさんはしつこくて負けたと言っても許してくれない。全部並べて見なければ分からないと言って完全に数え終えた。遂に3連敗。これ以上負け込むと中山天敵を作ってしまう。
この1局で疲れ果て12時過ぎには部屋の戻り、寝る準備をしていると、高本さんが嬉しそうに帰ってきた。勝ちましたか?と聞いたら勝ちましたよと本当に嬉しそう。理由は2つ。一つは宿敵加藤さんに勝った事、もう一つはぎりぎりノルマを達成し、ボートに乗れたこと、と推定。この時点では高本さんは2位。
昨晩から5局がきつそうなので、ホテルでの対韓国戦(ジャンさん、カンさん、キムさん)は救済策としてカウントしたいと非公式に言っていたが、高本団長に相談したら積極的に賛成してくれたので、正式決定とした。しかし、昨晩から聞いて廻ったが木谷さん以外は負かされたからか誰も救済策に乗ってこない。この時点で高本さん3位。
この晩も寝付かれず、3時頃になって寝た模様。
朝食は地下のモールを通って地下鉄の駅に出てそれから韓国料理屋を探して入った。今回は通訳がいなかったが、何とか無事食事にありつけ、清算もできた。約300円。
食事ができなかったこと、ハンナラのガイドが結構きつい山だと言っていたこと、山の形が急峻だったこともあり、現役3人衆についていくのは無理と判断しgive upを決めた。カンさんとハイク組は早々に出発。
高本さんとフロントで追加支払いがないことを確かめ、12時のチェックアウトを13時に延長して貰った。
キムさんは教会での重要な仕事があるので、その間日本人を公園で遊ばせるということで池野さんも便乗し、滞在延長組もでかけた。
僕は部屋で休んだ後、地下モールの水族館に行った。日曜日ということもあり、大勢の子供ずれ家族が来ていた。多くのお父さんは15kgもあろうかという子供を抱いて色々と解説している。重労働だろう。しかし、すばらしいスキンシップだ。この水族館は日本で見たことの無い人で、ソウルで時間をつぶしたい人には非常にいいと思う。
昼食は始めて一人。大きなフードコートがあり、日本食、中国食、などもある。大体が300円―600円ほどだ。僕は「あわびがゆ」にキムチ3色、豆腐のチーズのようなもの、味噌汁で約500円。食欲が無いのに美味しかった。
時間があったので免税店にも寄り、曾祖母さんには朝鮮人参を買い、孫には専門店で玩具を買う。ハイクに行っていたらこの時間は取れなかった。免税店はドル価格。ウオンで払うと交換レートはすこぶる悪いが、もって帰っても仕方が無いので、ウオン決済とした。
ホテルのロビーに15時集合の約束に対し、池野さん、僕が加わり、程なくしてハイキング組も帰ってきて全員集合。カンさんから一人ずつにマッカリ1本のお土産を貰う。
谷野さんと加藤さんからお前が来なくて良かったよ、と言われた。自分達でさえ参ったのにロートルのお前が来たらダウン間違いなしということらしい。今日の状態では正にそうだろう。普段なら毎日200-300mのupdownを歩いているのだが出発前雨の日が続いていた。彼等も相当疲れたようだ。
帰りのバスもハンナラ旅行社。ソウルの渋滞を抜けると結構飛ばす。ぼんやりしていると仁川空港の近くでバスが止まった。全員手荷物を持って降りたが池野さんだけ手ぶらで降りたので僕が自分のと彼のと持って降りようとしたら運転手が盛んに止める。どうやら荷物は置いていけと言っているようだ、キムチと言う言葉でそう理解できた。手荷物を置いて降りていくとやはり土産屋だ。全部日本人相手で、店のおばさんも流暢な日本語をしゃべるし、値段も全部円。カウンターに座らせられトーモロコシ茶の接待を受け、試食が始まる。値段は結構高いがアジは良い。行きに低運賃と引き換えに免税店に立ち寄ることを義務づけられていると言う話を思い出した。
池野さんに手荷物の一件を話すと「すいません」との返事。如何にも人の良い池野さんらしい。
清算は持っているウオンを全部使い切り足りない分を円で払うことにした。谷野さんからその位のウオンは持っていて次回に使ったほうがいいですよとアドバイスを受けたが、「もう年だから次回は無いかもね」と言ったら、「何をおっしゃいますか」とのこと。ここではウオンは80%にしかならない。しかし、大した金額でもないので、目くじらをたてることもあるまい。
KALは手荷物を幾つまで持ち込めるのかとガイドに聞くと一つか二つとのこと。帰りが遅いので3つ全部持ち込みたいと言ったら、「私はそのくらいならいいと思います」といい加減な返事。切符切りも入口のスチュワーデスも何も言わないし、機内でお客を迎えるスチュワーデスに至っては3つの荷物を棚に上げるのを手伝ってくれる。しかし、機内紙にはお一人様一つと明確に書いてあった。JALは煩い。
KALの東京線にはワインは無い。ビールはあるが、韓国産は上手くない。上手な人はバドワイザーを指名している。僕もこれからは覚えていたらそうしよう。
全部機内に持ち込んだお陰で荷物受け取りの時間が不要となり、極めて早くスカイライナーの客となった。今日中には帰れそうだ。
長時間拙い文章を読んでいただいた有難うございました。
水田幸夫