関東囲碁部報(99-037)8/11/99 内蒙古の旅(アカシア便り−100) 中国、大連で大変お世話になりました牛島さんからのアカシア便り−100号を お届けいたします。 多少長めですので、興味の無い方は読み飛ばして下さい。 **************************************************************** 内蒙古の旅では大変お世話になりました。帰ってからアカシア便り−100を 作成しましたので送付します。 8/11に日本に帰りますので、しばらくは e−mailともお別れです。 よろしくお願いします。 **************************************************************** アカシア便り100 '99-08-10 アカシア便りもいよいよ100号になった。1ヶ月2号ずつ、夏休みと春節の休暇 があるので1年を10ヶ月として5年の日月が経ったわけである。 徒然なるままに日記がわりに書きはじめたアカシア便りの内容は大きく次の5つの パターンに分けられる。 1.中国文化、文明、風物に関するもの 2.中国人との交流に関するもの 3.日常生活に関するもの 4.中国における日本人社会に関するもの 5.大連を訪れる日本人について 1号当たり3千字のアカシア便りは定年後海外で過ごすための徒然日記として、中国 でのボランティア活動を支え、励ましの原点となった。そして、何よりもこの5年間 あらゆる困難を乗り越えられたのは、苦楽をともにして35年間連れ添ってくれたかみ さんのお蔭である。彼女は現職時代も転勤のたびに小さな3人の子供を連れて行動をと もにしてくれた。生活環境の厳しい異国の厳寒期にも布団の中に入って暖をとり、涙を 流しながらもよく耐えてくれた。 アメリカ、ヨーロッパ、東南アジアとどこへ行っても海外で根を下ろした生活をする ためには、その土地と国民が好きでなければやっていけない。その点、私たちは大連と いう土地と中国人が好きで、ここまでやってこれたのだと思う。 また、留守宅を飼い犬とともに面倒を見てくれている娘たち、毎年20名からなる 囲碁使節団を大連に送ってくれて日中囲碁親善大会を盛り上げてくれる現役時代の仲間 たち、また、JSV(日本シルバーボランティア)というODA組織がバックアップしてくれてい る強み、このような背景があって初めてつつがなくこの5年間がやってこれたのである。 『あと何年続けるつもりですか?』とよく聞かれるが、自分でもはっきり何年と区切っ て考えていないので答えようがない。多くの人たちの役に立つ限り、からだが続く限り、 嫌気がささない限り、このボランティア活動は続けたいと思う。 会社の契約は1年ごとに更改されることになっており、ぎりぎりの7/30に調印を 行った。中国の場合、何事も期限ぎりぎりにならないと事が運ばないという事情があり 随分前から『契約の内容について相談しましょう』と言っていたのがこの始末である。 契約の内容は、給与が20%アップした以外は昨年と同じである。JSVの規定では 大学に派遣される日本語教師に対し1日50元は最低保証するようにということになっ ていて、ほとんどの派遣者は月額1500元前後の給与である。私の場合は、日本語教 師のほかにコンピューター技術の指導という付加価値がついて3000元の給与になっ ていたのが、来期からは20%アップの3600元になるわけである。これは日本円に 直せば月額5万円から6万円になったぐらいの水準である。 中国ではいろいろな付帯条件があって一概には言えないが、大学教授で1000元に 満たない給与水準なので、生活費だけであれば1500元で十分やっていける。 今年も日本IBM関東囲碁部の仲間たちが19名、7/31(土) にやつて来て、大連で『第4回中日業余囲棋友誼賽』を行った。日本側は大連碁悦同舟 会のメンバーも5名加わり、総勢23名の参加であった。これに対し、中国側は選手団 35名、スタッフ6名の総勢41名という布陣で熱戦を展開した。 結果は、日本側の40勝52敗で勝率43.5%という結果に終わった。これは例年 の勝率30%に比べれば飛躍的な勝率アップである。特に、Bクラスの谷野正義さんが 唯一の4戦全勝で優勝したのが光っている。Aクラスでは、入賞者全員が初参加の橋口 さん、池野さん、高橋さんという顔ぶれで共に3勝1敗という好成績であった。 試合後は表彰式の後、記念撮影に続き、恒例の打ち上げ懇親会の席を設けた。席上、 言葉は通じないものの手ぶり身振りで和気あいあいのうちに話がはずみ、共通の趣味と しての囲碁を通じた交流親善の効果は十分にあった。 今回の19名の親善使節団のうち10名が初参加の人たちであり、IBM以外の人が 6名という顔ぶれで幹事の湊さんは参加員数をそろえるのに大変苦労されたと聞いてい る。小松教室からの2名、アメリカから参加が予定されていたPaulは今回は家族の 入院等で参加できなかったが、高田馬場での碁敵で無二の親友でもある佐々木さん、 それにお馴染みの片桐さんがはるばる愛知県から参加されて旅行全体が盛り上がった。 内蒙古草原の旅は、北京の万里長城から始まり、明の十三稜の訪問後、北京ダックの 夕食をとってから20時発のフフホト行きの夜行列車へとスムーズに移動した。夜行列 車では、コンパートメントの中で早速『内蒙古草原の旅−囲碁大会』が始まりすべてが 順調な滑り出しである。 内蒙古は面積が日本の4倍で人口は2200万人(内蒙古族、370万人)、東西の 長さは4221kmに及んでロシアとモンゴル人民共和国に国境を接している。資源は 『東に林があり、西には鉄があり、南は穀倉地帯で北には牧場が広がり、いたるところ に石炭がある』とたたえられ、資源の豊かな土地である。 我々の最初の訪問地は葛根塔拉(コゴンタラ)草原で、フフホトから北へ145km の四子王旗にある。葛根塔拉とは蒙古語で『明るい草原』の意味があるそうだ。 草原に到着後直ぐに宿泊ロッジの豪華な包(パオ)が割り当てられた。包の中は三つ 星クラスのホテル並みの広さにベッドが2つあり、トイレ、シャワー、洗面所があって 一般にイメージしていた包とはかなり違う。観光客用の豪華包と一般包の2種類あると いう説明であった。 少憩の後、乗馬を楽しみ、一般包を訪問し、蒙古相撲を見物した後、 一般の蒙古包の組み立てを手伝って夕食となった。羊肉と言えば普通は独特のにおいが あって好き嫌いがあるが、テーブルに出された大きな肉塊はにおいもなく豪快にナイフ で切り取りながら朝日ビールとともに口に頬張った。土地の地ビールがないかと聞いて みたが、朝日ビールしかおいていないということで拍子抜けがした。夜は、『民族舞踊 の夕べ』で韓国や、中国各地から来た観光客とともにかがり火の下で歌と踊りを楽しん だ。 その後、いたるところに馬ふんが転がっている草原に大の字になって寝転び、空を 見上げると見事な星空がひろがって壮観である。あちこちに流れ星が走り、天の川もはっ きりと見える。内蒙古草原の旅の第1日目は期待通りであった。 ただ1つ問題だったのは銭湯の料金体系である。浴場に入る時、値段を確かめて 入浴料として20元支払ったのはよいが、浴室にはサウナもあり 垢擦りもある。私が利用したのは垢擦りであるが、入場時に10元と聞いていたのが 垢擦りのお兄さんは20元だというし、料金を払って外に出ようとすると別の人が追い かけてきて70元くれと言う。高本さんは垢擦りと軽い按摩をしてもらって26元支払っ たと言っていた。要するに料金体系があってないようなものではないだろうか。 内蒙古草原の観光は1年のうち6月、7月、8月の3ヶ月なので、この間に1年分の 観光収入を上げなければならない事情があるということをあとで崔助教授から聞いた。 彼らにとっては必死な稼ぎ時であることを理解しなければならない。 草原の日の出は4時半から5時の間だというガイドの説明があったので4時半に起き たが外はまだ暗かった。もう1度寝直して次に起きた時は6時半になっていて、すでに 陽は高く窓からさんさんと陽光が降り注いでいた。 朝食後、3時間かけてフフホトに戻り内蒙古博物館、昭君墓、五塔寺を参観した。 王昭君の話は第一回目の三峡下りの時に、2000年前、漢の元帝時代に武漢近くから 匈奴と漢の友好善隣のために匈奴に嫁ぎ、両方の人民に敬い親しまれていることを聞い ていた。フフホトのホテルではやっとまともなホテルに泊まったという感じであった。 つぎは包頭経由で黄河大橋を徒歩で渡り、高さ90メートル、勾配45度の砂丘、 響沙湾に登った。私1人は20元で馬に乗り、遠回りして頂上まで往復した。 東勝のホテルに着いてみると停電であった。7階の部屋までてくてく登ったが、設備 も悪く2つ星クラスのホテルであった。旅行社もこれではまずいと思ったのか、2泊の 予定が1泊で包頭に宿をとり直した。 成吉思汗陵園は包頭から220km、東勝からは75km離れた所にあって、陵墓は 本殿、東殿、西殿と後殿からなっている。どの殿も丸い屋根をいただき、軒のいずれも 黄金色、青色の瑠璃レンガがはめ込まれて飾られ華麗で立派である。1227年に没し た元の太祖、モンゴル族の英雄を偲ぶために国内外からの参拝客が絶えない。 最後日の午前中は、買物のため全員でデパートに行った。思い思いに皮バンドを8元 (約120円)の安売りで買ったり、お茶の土産が上等な方から3種類が売り切れるぐらい に半数の人が入れ代わり立ち代わり買っていた。お茶の銘柄は上等な方から『龍井茶』、 『雪蓮花』、『銀針花茶』であった。私の拙い通訳でお茶の缶を無料でサービスさせた り、品選びをしたりでみんなに喜ばれた。 内蒙古最後の観光はラマ廟『五当召』の参観である。包頭市の南70kmに位置する チベットスタイルの最も完全なラマ教寺である。清代の乾隆年間(1749年)の創建 というから250年前のもので、活仏推戴の制度がとられ7代続いた内蒙古最高のラマ 教学府である。ここは教論をはじめチベット医学、天文、卜占、地理などを修める所で、 正殿は方形、屋根はチベット色豊かな黄金色の銅板で飾られ、入り口はいかめしい護身 像で彩られている。広い敷地には仏殿、経堂、仏爺府(活仏の住居)、活仏の遺骨を祀 る霊堂、僧堂があり、10mもある釈迦像、9mの黄帽派の始祖ツオンカバの像や異相 の仏たちが祀られている。 帰途はフフホとから北京への予定が包頭空港発に変わり、北京のホテルについたのは 23:20であった。ここで恙無い旅の締めくくりとして1杯のビールで乾杯し、全員 感想を述べ合って別れを惜しんだ。 - アカシア100.txt ●○●○●***** Enjoy your Business, Enjoy your Life! *******● ○●○● Kenshi Ohki (Tel:03-3808-9970) ●○ ●○● Sales Operations Communications Sector IBM Japan ●○● ○● (Fax:03-3664-4908 E-mail: ooki@jp.ibm.com ) ●○●○ ●****************** 大木建志 ***************●○●○●