IBM囲碁部報13013: 訃報 Paul Anderson さん

IBM囲碁部にも非常に縁の深いPaul Anderson さんの訃報が入りましたので
お知らせします。

以下、掲載許可を得て、下記の皆さんのメールをご紹介します。

1.井上さん 訃報連絡
2.兵藤さん
3.高本さん
4.牛島さん
5.岸原さん
6.井上さん
7.週刊新潮のPaulさんの投稿記事(1989年)

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 皆様 
 Kazuko さんから、電話がありまして、3月17日に、Paulさんが亡くなられたそうです。 
 昨年11月から自宅に帰って、訪問看護師による介護で療養しておられましたが、 
 3月13日から容態が急変し、そのまま病院で、感染症で17日に亡くなられたそうです。 
 謹んでご冥福をお祈りするとともに、お知らせいたします。 

 なお、(お葬式に相当する)メモリアルサービスを来週火曜日に、
 ご自宅で執り行われる 
 そうです。(小生は出席させていただく予定でおります。) 

Ken Inoue (井上 健)

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井上さん、

和子さんから今朝お電話をいただきポールさんの訃報を知りました。
30年ほど前から囲碁を通じて親しくしていただいていましたが、
1年前に病気になられてからはお見舞いも出来ず心配していました。

本当に良い方を亡くしてしまいました。

ポールさんが目黒に住まわれていた時、「兵藤、囲碁仲間を集めて
囲碁会をしよう。自分がステーキを焼くから、、、。」と云われ、
皆に声を掛けて毎年1,2回囲碁の集いをしたことを昨日のように
想い出します。

碁盤が13セットありましたから、多い時は20人以上集まりました。
ポールさんは木谷道場が四谷にあった頃、毎週道場を訪れて木谷先生
はじめご家族の礼子さんや健一さん達と親しくなり、楽しく過ごされて
いたようです。その当時、木谷道場に居られた大竹、石田、小林等の
各先生(当時はいがぐり頭のわんぱく坊主だったと想像しましすが、、、)
とも近年まで親交があったようです。

そのような関係で、ポールさん自慢の碁盤は木谷先生、奥様の美春さん、
礼子先生等ご家族全員のサインがある「折りたたみ碁盤」でした。
しばしば、ポールさんは 「This is the most valuable Goban!」と云って
自慢していました。

ポールさんと対局していて、私が大石を捕られて、なお粘っていると、
「You have to learn how to resign!」と云って怒られたものです。
ポールさんは木谷先生から、「潔く投げる」ことを厳しく教わったそうです。
こうして想い出を書いていますと、後から後からいろいろなことが浮かんで
来ます。

和子さんが日本へ帰られた時には、和子さんを囲んで「ポールさんをしのぶ会」
を行いたいと考えています。

合掌
兵藤 進

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井上さん

 ご連絡ありがとうございます。

ポールさんとは多くのことで一緒に時間を過ごしました。

特に数年前の兵藤さんとのニューヨーク囲碁センター3ケ月
滞在が懐かしく思い出されます。ご自宅に何度もお邪魔して
お風呂をいただき栄養をつけさせていただきました。

 ライフワークとなっていたニューヨーク囲碁センターが閉鎖と
なるように、息をひきとられましたね。残念でなりません。

ポールさんのご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。

                 高本

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井上さん; Paulさん 訃報のお知らせ ありがとうございました。今日(3/23)も
恒例の真形杯がありまして、今、帰ったところです。
 
 Paulさんの訃報に接し、謹んで心yりお悔やみ申し上げます。兵藤さんご提案の
和子さんを囲んで 「Paulさんの偲ぶ会」 は万難を排して参加します。目黒の
Paulさん宅での送別囲碁大会が昨日のように思い出されます。

牛島五郎

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私が囲碁部に入部した後、二度目の行事が目黒のPaulさん宅の囲碁会への参加でした。
自宅が十分な広さがあり、かつ多数の上等な囲碁盤、碁石があるのですから
驚きました。ここに多数のIBM囲碁部員が集まり、それは大変楽しい囲碁会
でした。私が兵藤さん、牛島さん、真形さん、高本さんといった方と初めて対戦
いただいたのもその場所でした。

Paulさんとは銀座の「手段」という囲碁サロンで対局したことを覚えています。
また囲碁サイトKGSでは、chatでいろいろと話をしました。
数年前に韓国メンバーが日本にやってきたさいの近くの宴席にPaulさんも同席
されましたがこの時が最後だったかとおもいます。

囲碁の普及に多大に貢献された方ですので本当に残念です。

岸原達也

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私もこちらに来てから近所のよしみでいろいろ声をかけていただきましたが、実は
日本にいた時はかけちがって一度もお会いしたことがなかったんですね。

ポールさんのことは確か藤田さんからちらっと聞いていましたが、十数年前、
ニューヨーク碁センターに初めて行ったとき、なんだか奥のほうに陣取って、
何子か置かせたらしい碁を、にこにこしながら楽しそう〜に打っている人がいるの
を見かけまして、、、

年恰好からして、もしかしたら、と声をかけたのが初対面でした。ほんとに負けず
嫌いでおられたようで、思い出すと、私に勝ったときの嬉しくてしかたがないと
いう満面の笑顔が目に浮かびます。

病院にお見舞いに伺った際に、退院したら打ちましょうと約束していたのですが
ついに果たせずに終わってしまったのが残念です。

Best regards,
Ken Inoue

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そんなにお悪かったのですか。
またお会いして、碁を打てると思っていましたのに、残念です。
しのぶ会には参加したいと思います。 木谷

ポールさんのこと、碁ジャーナルにも載っていましたね。


http://www.usgo.org/news/2013/03/former-aga-ny-go-center-president-paul-ande
rson-dies/

(上記から転載)
American Go E-Journal

Former AGA & NY Go Center President Paul Anderson Dies

Saturday March 23, 2013


Paul Anderson, former President of the American Go Association and the New
York Go Center, has died. Anderson worked at IBM in New York and Japan for
many years, and arranged the IBM-sponsored matches in the late 1980s. He was
President of the American Go Association for two years in the late 1960s,
leading an AGA delegation to Japan, and President of the New York Go Center
from 2005 to 2009. “Paul was a department head in IBM Japan (my memory is
that he was head of the printer division for Asia),” writes go journalist
John Power, “and he persuaded IBM to sponsor a fast-play tournament - one
hour per player plus 30 seconds per move - with limited international
participation (two Chinese and two Koreans in a first round of 64). It
lasted for three terms from 1988 to 1990.” Power also notes that “Yi Ch’
ang-ho made his international debut in the first tournament, but won only
one game. An American and a European also played in the qualifying
tournament.”

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会員の半田です。
Paulさんの訃報に謹んでお悔み申し上げます。
お姿をしのび写真を添付します。(中川敬一さん宅で徹夜で囲碁をうちぜんぜん勝てなかった。そのときのもの)
これは私がシャッターおしたものです。



中川さんには連絡しました。
 対局記録:
 ・paulさん          3目
 ・中川さんファミリー    4目
 ・金沢東栄さん       負け続けて7目までいった
 
                    です。

この御礼にNHK囲碁トーナメント1年分のビデオ送った記憶があります。

ご冥福をお祈り致します。

   2013/3/28  半田武晴
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1989年に週刊新潮に掲載された記事をご紹介します。
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Paul Anderson's Article

11月23日、この日は日本では勤労感謝の日となっているが、私は 朝からコックと
なってサンクスギビングの日のためのターキーをオーブン にいれ、丹念に火加減を
見る。この日、わが家に集まる"囲碁サロン"の メンバー、25人のために
三羽のターキーを焼かねばならない。

年に2、3回、日本IBMの仲間達がわが家に集まって、一日碁を打って過ごす。 
私どもの会社には、各事業所にたくさんの碁の愛好者がいる。
わが社が 「IBM早碁オープン戦」をスポンサーリングしていることもあるが、 
大変ロジカルな碁が、われわれコンピュータを相手にする者の頭脳のトレーニングに
役立っていると考えていることもある。

私がはじめて碁を打つ風景に出会ったのは、今から三十年も前のことである。 
ワシントンのスクエア・パークのベンチで碁を打っている人に出会ったのが
最初である。何の役割も担わぬ白と黒の石が打ち手の意思となって みごとなまでに
ロジカルな闘いをするゲーム。盤面に描かれる白と黒の アブストラクトな紋様に
込められたピュアなゲームはまた大変ポジティブ なゲームでしかも失うものがない。
つまり、チェスやバックギャモンなど 他のゲームと違って、勝者も敗者も同等の
喜びを分かちあうことができる。 

私はたちまちこのゲームに魅せられ、まだIBMに入る以前、1961年 に来日した
時は、6か月短い滞在期間中、木谷道場に通い詰めた。

四年半前に来日してからは、余暇は碁ひとすじの生活である。
毎週末の 休日、土曜、そして日曜も高田馬場囲碁クラブに通い、二百本の碁の
ビデオを 見、目黒の碁会所にも通っている。

大竹九段は、「碁の本質はコウにあり」と言っているが、私もコウ争いに なると、
いちだんとファイトしてくる。 
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謹んでご冥福をお祈りします。

IBM Japan IGO Club