IBM囲碁部報22005:訃報:吉田嶽彦さん

皆様、大変、残念なお知らせです。

1月25日に吉田嶽彦さんが亡くなられたとのことです。

享年80歳 (今年の6月で81歳)

葬儀は家族のみで行い、落ち着きましたら、偲ぶ会を開きたいとのことです。

囲碁部には16日に吉田さんが横浜で倒れて意識不明、入院中との
連絡をいただいており、一同で回復を祈っておりましたが願い
かなわずとなりました。

吉田さんはご存知のとおり、高い棋力でずっとIBM囲碁部をリードされて
対外戦でもチームをまとめる役を担い、貢献されてきました。
部員に対しても何子も置かせて指導し、大変ありがたい存在でした。

今年1月9日の囲碁部幹事会にも姿を見せて対局されていました。
突然のことで本当に驚きしかありません。

この後、皆様から寄せられましたお言葉をつづって
お悔やみとしたいとおもいます。

亡くなる前の経緯については下記、瀧さんの報告(抜粋)をご一読ください。
------------------------------------------------------------------------------------------------
◇吉田さんは、16日(日)、武闘派碁会に参加するため、
(行き先は家族に告げずに)宇宙棋院に行き、そこで棋院の
 方から中止の話を聞いた後、市内バスに乗って色々見て回るのが
 好きなので、多分その動きの中で桜木町辺りまで行って、
 胸が苦しくなって、コンビニの中で?倒れて、直ぐに救急車が
 呼ばれて、近くの赤十字病院に緊急搬送されたそうです。

◇現在は、横浜の赤十字病院に入院中で、勿論危篤状態で
   面会謝絶だそうですが、娘さんが医師を説き伏せて会わせて
  もらったそうですが、お話では元々心臓が悪く無理は禁物
   だったのに、碁は打ちたくてそれでご家族に黙って地元の
  碁会を始め、IBMの各種碁会に参加されておられたようですが、
  現在は意識不明、心臓に穴が開いているそうで、その手当を
  今医師が懸命に応対してるようですが、望みはあまりないような
  お話でした。

◇ 奥様や娘さんごの希望は、葬儀は家族内で済ませ、気候の暖かく
  なった春頃には、  ”吉田さんを偲ぶ会”のようなものを設けて。
  その時にはIBMの囲碁関係の方々にご参加戴ければありがたいです
  との意向でした。

以上、武闘派碁会 瀧さんからの報告抜粋です。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------

吉田さんとは、春、秋の囲碁合宿の行き帰りの車で同乗することが多く、
車の中でいろいろな話をしたことを懐かしく想いだします。
囲碁も遥かに強く、何度か親切に教えていただきました。

ご回復をお祈りします。

浅田
-----------------------------------------------------------------------------------------------------

連絡ありがとうございます。

このメール今見ました。ホントにビックリしました。
意識回復すると良いのですが、最悪の場合は本当に残念です。

吉田さんは、私に取ってIBMでの身近な先輩でした。私が日本IBMに
入社し初めて配属されたのは、吉田さんと同じ部門で、部門と言っても
当時は未だ組織単位として "係” 制度があった時代で、吉田さんとは
同じ ”係” でした。

年も近い先輩だったので、当時は仕事の事でもいろいろ教わったり、
一緒に昼飯を食べに行ったりもしてました。同じ部門に吉田さんが
他にも居たので皆んなが「タケさん」とか「タケちゃん」とか
呼んでいたので、それ以後私も「タケさん」と呼ばして貰っていました。

もっとも、囲碁に関しては吉田さんは当時から凄く強い人と言うことは
知ってましたが、私とは差があり過ぎたし、私も囲碁部には入って
いなかったこともあり、当時囲碁を一緒に打って頂いた記憶は余りないです。

お互いOBになってからは、私も囲碁部に入ったこともあり真形杯以外
では時たま打って頂く機会も出来ましたが、囲碁以外でもゴルフに
行ったり、別の共通の会でご一緒したりといろいろお付き合い
頂きました。数年前にリニア新幹線の試乗会の予約を吉田さんが
して下さり、一緒に行ったことは未だ記憶に新しいところです。

また、今月9日に行われた幹事会&例会では、何の風の吹き回しか
お互いすぐにやろうということになって、打って頂きました。
これが吉田さんとの最後の対局にならなければ良いと、
回復されることを祈るのみです。

林 義光
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
この後、訃報については下記のとおり赤川さんよりご連絡いただきました。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
先程、吉田さんの娘さんから電話を頂きました。
吉田さんが、25日に亡くなられたそうです。
享年80歳、6月で81歳になるはずだったとのことです。

瀧さんには私の方から伝えますと言っておきました。
落ち着きましたら、偲ぶ会を開きたいとのことです。

想像はしてましたが残念です。

赤川
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
この後、吉田さんへ寄せられましたお言葉をつづります。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
吉田さんとは9日の幹事会でお会いしました。
久しぶり(2年ぶり)だったので、対局させていただきました。

吉田さんは私がIBMに入社した当時から強く、
当時はなかなか打ってもらうチャンスもありませんでした。
長らく目標としていたので、私がそこそこ碁を打てるようになったのも
吉田さんのおかげかも知れません。

とても残念です。  松谷
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
吉田さんとは同じ駅を利用していることもあり、囲碁の行事の後はよく
電車で話をしながら一緒に帰りました。

また、合宿ではいつも私の車に同乗して下さり、いろんなお話を伺いました。

デルタ航空のアメリカ国内周遊券みたいなチケットで、奥様と
アメリカ旅行をされてアメリカ各地をレンタカーでいろいろ回ったとか
(道に迷ったとか)、IBM時代のお仕事の話など囲碁以外のお話しを
ぼんやり覚えてます。

ご逝去されたとの事、残念ですがご冥福をお祈り致します。

徳田
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
吉田さんのおもいで。

もう40年近く昔のことです。京都でペンションを経営している
浅田さんという人がいました。IBMを若くして退職、脱サラして
いたのです。吉田さんと泊まりにいったことがあります。自分と
碁を打って自分がまけたら宿泊代はただにするというので吉田さん
が挑戦、みごと勝ちました。心優しい吉田さんは私の宿泊代を半分
もってくれました。翌日は自転車で京都の町をあちこち見物して
まわりました。なつかしいおもいでです。ご冥福を祈ります。

中山
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
吉田さんが亡くなられましたか。
衷心より哀悼の意を表します。

大学で碁を覚え、1970年入社したころの私の棋力は3-4段程度だったで
しょうか。
吉田さんは当時6段で2子置いても歯が立たなかった。
入社9年目のIBM囲碁名人戦(今の小津杯の前身)で吉田さんに勝てて
名人位を獲得でき、やっと横並びになり、その後はずっと囲碁の活動を
ご一緒して来ました。
50年以上の時が流れましたか。
ご冥福をお祈りします。 合掌。

長野一隆
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
吉田さんの突然の訃報に驚きました。

吉田さんには、私が初めてIBM囲碁部に入部した日(25年位前)に
松谷さんと共に、打って頂いた人でしたので、最初に名前を覚えました。

真形杯でも新宿でも、合宿でもいつも打って頂くのが、楽しみな方でした。
局後もいろいろ解説頂いたことが、印象に残っております。

小さい頃ヴァイオリンも弾いていたとのことで、私がお知らせしている
作曲や編曲に対しても、時々返信頂き嬉しく思っていました。

2016年には、木谷さんの別荘での合宿でもご一緒しました。
そのとき、料理の先生もしている娘さんが作って下さったクッキーを
嬉しそうに皆さんに配っておられたときを思い出します。
そのときも、局後の解説をして頂き、その姿も映像に残っています。
https://www.youtube.com/watch?v=YQ62lXGKbg0

ご覧になり、当時のお元気な様子をどうか思い出して、偲んでください。

ご冥福をお祈りいたします。

及川捷三
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
徳山です

吉田さんの訃報、驚きましたし、残念です。
団体戦ではよくお隣で打っていて、大抵は優勢なのですが、
「時計が、時計が、あ、切れる」という感じでドキドキしながら
観戦していました。
いつでもとても楽しそうで、一緒に対局や囲碁のお話しに興じたり
していたのを思い出します。

ご冥福をお祈りいたします。

徳山 豪 (関西学院大学)
-----------------------------------------------------------------------------------------------------

今朝のメールで吉田さんの訃報を知り、びっくりして吉田さん宅に電話し、
奥様のお話を伺いました。

吉田さんとは20代後半に会社で机を並べていたことがあり、昼の休憩時間
には囲碁を教えていただきました。

その後も時々吉田さん宅を訪れましたが、最後にお会いしたのは
2019年6月でした。

一年前の今頃、「心臓に水がたまって入院したが、回復した」とのメール
を受信しました。

回復したので大丈夫かなと思っておりましたが、奥様のお話では医師から
は「心臓も肺も弱っている」と聞かされていた、とのことでした。

奥様は「囲碁一筋で幸せな人生だったでしょう」とおっしゃっておられま
した。吉田さんは温厚な人柄で、碁が弱い相手でも嫌な顔をせず対局して
下さいました。

今はただ残念としか言いようがありません。

恩田
-----------------------------------------------------------------------------------------------------
吉田さんが亡くなられたこと、大変残念です。
謹んでご冥福を祈ります。

私は個人的には吉田さんとの接点はなく、囲碁大会のみでの交流で
したので、皆さんが書いているような思い出は何もありませんが、
昨年の9月に吉田さんが、始めて私にメールをくれたのがありますので、
これを披露します。

 発端は「真形通信」で中山さんが木谷家のことを書き、私が更に
木谷家のことを述べたのに対して、吉田さんが木谷道場に通ったことが
あるのを私に知らせてくれたのでした。

本来なら「真形通信」で全員返信にしてくれればよかったことかも知れ
ませんが、吉田さんは今まで真形通信で反応したことはなかったので、
それはやらず私宛だけにしたのでしょう。

 以下に添付します。

 真形

*******

真形さん木谷道場関係と私について話さしてください。

先回述べましたように厚かましくも乗り込んでいきましたが
次からは(毎週土曜日会費は2000円)道場で碁を打ちました。
多分囲碁普及のために木谷実九段が実行していたのでしょう。

最初は台所あがりで道場の様子を話してもらったが次からは2階で3-40人が
打てる広さの座敷にあがりました。

そこでは加藤、石田棋士等々が指導やっていました。(小林、趙 小川智子は
我々と遊んでいた)
木谷会には特に強い人もいなくアマチュアです。
私なんかが強いほうです

小川智子といえば私が学生の頃日本棋院中部総本部で大会があり
彼女も院生で碁を打っていました・(女の子が碁を打ってるなと)
家族が東京転勤で木谷会で再開しました。

礼子さん(皆さんきさくにこう呼んでいた)のこと木谷九段はだ誰かには
棋士を引き継がせようと考えていたでしょうがみんな逃げて?
礼子さんだけがつかまってしまいました。

彼女は母親に似て面倒見が良く道場をきり回していました。
時間がなく指導碁は打たないのですが一度だけ(3子)打ってくれました。
結果は大石を取った積りが劫が残っていて劫だてがつずかず残念。

道場のこと
どこか碁を打てるところはないかと木谷道場を見つけ記述のようなことです。
アマチュアの3-4十人の集まりで第1回の女流囲碁大会優勝者の
岡本さんもいましたが家族の転勤で見えなくなりました。

ポールアンダーソン氏が木谷道場と関係を持っていたことは知っていますが
当時では会っていません。

我データセンターの丸山さんが外人と碁を打ったと聞きましたがおそらく
彼のことでしょうね。

真形さん碁に関して昔のことを思い出しながら半分楽しみました。
ご愛読ありがとうございます。

 泉谷先生が来てくれるので1966年木谷会を退会しました。
                  
         吉田

吉田さん、

お話し、有難うございます。

真形
------------------------------------------
吉田さんの訃報、とても残念です。

囲碁一筋の人生だったように思います。
新宿住友ビルで研修部門の仕事をされていたのが記憶に残っています。

始めてお会いしたのは、渋谷の小松道場。ちゅんざん先生が仕切って
おられました。

高段者として私たちの指導的立場でした。
思考するのが一番楽しいようで、試合となると持ち時間を目一杯に
使って打ち継がれていました。

常に最善手を見出そうと…。
観戦していた私は、いつも時間切れになりそうとひやひやしながら
見ていました。

私が3.5段になり対局した時、「うーむ」とうなり、「低段者なら
その筋を見つけられないんだよね」
とおっしゃった。「強くなりましたね」と言って並べてみると、
数目勝たせてもらったことを覚えています。
とても嬉しかった。

いつもどこに行くか知らせずに家を出ておられたとか。
ホウレンソウの大切さを感じます。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

大木建志
------------------------------------------

吉田嶽彦さんの訃報に接し、謹んでお悔やみ申し上げます。

 吉田さんとは、不確実な記憶ではありますが、確か私が
本社の囲碁部幹事時代、「京浜地区囲碁大会」を開いて
参加者を募った時に、当時の”データセンターの3強”と言われて
怖れられていた、丸山さん、中田さんと並び、吉田さんの名前が
知られており、私も初めて”吉田さん強し!”と”畏敬”の念を持って
知りました。

(当時の本社管理部門には、ISの谷津さん、猪目さんぐらいしか
強い人がおらず、営業系の、例えば長野さんなどに声もかけても、
碁会などほとんど無視されてしまいました<笑>)

 その後私の長男(周太郎)を緑星学園に通わせていた頃、確か一度
お住まいの「千源台?」(埼玉)まで伺って子供に指導碁を打って
戴いた記憶があります。

 つい最近では、去年の10月下旬に、”打ちに来ないか?”と誘われまして、
町田駅から20分ぐらいの吉田邸にお邪魔させてもらい、2子局を2局
打って戴き、とてもありがたかった思い出があります。

 帰り際、今度は「AさんやMさんを誘って、家で4人ぐらで碁を
打とうよ。」と

誘ってもらい帰路色々思案しましたが、、”せっかくお誘いいただいた
ものの、Aさんは奥さんも基礎疾患もちで、コロナ禍の最近は、
外出を控えておられるし、Mさんも、杖を頼りに歩いているくらいだから、
駅から比較的遠い吉田邸まで行きたいと言ってくれるか疑問だったので、
そのお話はそのまま私の胸の内に収めて、お二人には声をかけませんでした。

(吉田さんに、町田駅前の碁会所での開催を一度提案しましたが、
 何故か碁会所は嫌っておられるようでした)

 今思えば、無理してでもAさん、Mさんにお願いして参加してもらい、
吉田さんご希望の「4人碁会」を、吉田邸で楽しく開催すれば良かったと
後悔し、吉田さんにお詫びするばかりです。

 オミクロン株などという感染力の強力なコロナが猛威を振るい始めて
なければ、多分「武闘派碁会」は、16日に宇宙棋院で予定通り開催されて
いたことでしょう。

 もし開催されていましたら、吉田さんはそこでとても楽しく囲碁を
打っておられたかと思うと、言葉を失います。

 私は肝臓ガン持ち、医師厳禁でワクチン接種ゼロ、80歳越えという
3重苦?ではありますが、オミクロン株のコロナが落ち着きましたら、
町田の碁会所始め各種の碁会に参加して、私も好きな碁を吉田さんの分
まで頑張って打ちたいと願っています。

改めて、ご冥福をお祈り申し上げます。

瀧賢史
------------------------------------------------------------------------------------------------------
吉田さんの訃報のお報せに大変驚いております。
心からご冥福をお祈り申し上げます。

私は初心者ですから、一度も打ってもらったことはありませんが、
合宿の時、テニスでご一緒したことがあります。

囲碁の取り組みと同様、テニスも思い切りのよいストロークを打たれて
いましたね。

一途に取り組まれる姿勢には感心していました。最後まで囲碁を追及
される途上で逝かれたのが吉田さんらしいですね。

安らかにお休みくださいます様。
                高口道宏
------------------------------------------------------------------------------------------------------

私も吉田さんと同じ町田市に住んでおり、IBM囲碁部関連以外の
吉田さんについてのエピソードを紹介します。

町田市文化協会という一般社団法人に加盟している会員数200名の
町田市囲碁連盟があって、現在は武闘派にも参加したことのある
倉橋幸二氏が代表をしています。

2011年10月に町田市民ホールで開催された第16回町田市民囲碁大会に
私も吉田さんに誘われて参加しました。
70名が参加し、最上位のオール互戦の名人戦クラスで吉田さんが
優勝されました。

その後毎年1月の成人の日に開催される町田市民新春市民囲碁大会
が加わり年2回の市民囲碁大会の開催となっています。

今年吉田さんは1月9日に中野のIBM囲碁部幹事会に参加し翌10日に
鶴川駅前で開催された町田市民新春市民囲碁大会にも参加されました。

その時に吉田さん宅で4人集まって碁を打とうと誘われましたが
実現できず残念です。

連日の碁会で疲れたらしく帰宅して食事が取れなかったそうです。

家族は疲れるから碁会に行かないよう説得していたと伺っていますが、
吉田さんは行き先を告げずに碁会に出ていたらしいのです。

16日横浜で倒れたときも家族がなぜ横浜に行ったのかと思って
何人か町田市の囲碁関連の人経由で私に電話がありました。

娘さんとの電話の中で囲碁を打っている時は元気なのですとの話が
ありました。

こよなく囲碁を愛した吉田さんが写っているページが私のホームページ
にありますので紹介します。

秩父市小鹿野町の越後屋旅館で開催された2019年秋季囲碁合宿の
光永先生による棋譜解説の動画(YouTube)で、金子さんに続いて
吉田さんの棋譜が解説されました。4隅オール三三の珍しい4子局の
指導碁で吉田さんの楽しそうな顔があります。

真形さんと吉田さんの対局の写真も掲載しております。御覧ください。
https://redrb.heteml.net/igo/akaigo189.html

赤川
------------------------------------------------------------------------------------------------------

そうですか、吉田さんが亡くなったのですか。
大変驚いておりまた残念に思います。

この一年程は真形杯にもおいでになってなくて
コロナを警戒しているのかなと思っていましたが、
他の碁会には参加されていたのですね。

心臓が悪かったのですね。これも全然知りませんでした。

ご冥福を祈るばかりです。

藤田 清
------------------------------------------------------------------------------------------------------
吉田さんの訃報、たいへん残念です。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

吉田さんとの一番の思い出は浅間合宿でご一緒させていただきました時に
娘さんが皆さんにと作ってくださったクッキーを嬉しそうにふるまわれて
いたことです。

今は懐かしく思い出します。

鈴木 準
------------------------------------------------------------------------------------------------------

私は吉田嶽彦さんとは、ポールさんの邸宅の囲碁会で初めてお会いして
そのときは挨拶程度の会話でした。
棋力はかなり離れていたのでその後は対戦どころか話す機会も
なかなかない状況でした。数年経過して大和研究所囲碁同好会の
第一回大会で初めて対戦があり、4子置いて教えていただきました。
懐かしいおもいでです。その後は対戦も少しずつ増えて会話もするよう
になり、いつも教えていただく立場でした。私はもくはずしを多用
していましたが、吉田さんももくはずしを頻繁に打つ方で、私とは
また違う棋風でいろいろな打ち方があるなと勉強になったものです。

晩年は吉田さんは変則布石が多く、自由な発想で見た目にも
楽しんで碁を打たれていました。
もう打てなくなるとは大変、残念なおもいです。

また、大会でもとくにジャンボ大会など大会幹事をされて、選手集め
に奔走され、幹事としても選手としても大活躍されてチームを優勝に
導いていただきました功績に対してはいくら感謝してもしきれません。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

岸原達也
------------------------------------------------------------------------------------------------------
吉田さんの訃報に心からご冥福を祈ります。
吉田さんがIBMの碁会に参加された最後の碁会は昨年の
12月19日の武闘派碁会ではないかと思います。

その日私は吉田さんに打って貰っています。

私は吉田さんとは段差が大きくてなかなか打って貰う機会が少なく
一生懸命打たしてもらいました。

局後自分の打たれた手に頻りに反省しておられたのには感心した
ことを覚えています。

私のようなへぼ碁にも一手一手丁寧に打っていただきありがとう
ございました。

私ももう直ぐ吉田さんにお会い出来ると思いますが、
その時もよろしくご指導のほどお願いいたします。

   石田 造
------------------------------------------------------------------------------------------------------

吉田さんの訃報ありがとうございます。
誠に残念でなりません。また、驚きで一杯です。
今月9日の幹事会&月例会では元気なお姿を拝見してたのに・・・。
ただただ、ご冥福をお祈りするのみです。
吉田さんは、先日メールした通り入社以来の身近な先輩でした。

林 義光
------------------------------------------------------------------------------------------------------

返信が遅くなりました。

赤川さんから吉田さんの訃報を聞いてしばらくしてから急遽の入院となり
(生まれて初めての救急車)、本日8日ぶりに無事復帰できました。

吉田さんとは棋力の差があり囲碁部内でも対局させていただける機会が
少なかったのですが、合宿の時は同乗者がいなければよくご自宅近くの
コンビニまでお送りしたものです。

その時にはいつも「家に寄ってあと2、3局打たないか」とのお誘いを
いただきましたが早く帰りたい一心でついぞ一度もお誘いを受けなかった
ことを反省しています。

以下は3年前の今頃の時期に吉田さんとの思い出の一局で、私が得意の
ポカで負けた時のことをFBに投稿した内容です。

---2019年1月14日
成人の日は町田市民新春囲碁大会のAクラスに参加、町田市民ではないが
欠席者の代わりに世話人から声がかかりました。

名人戦/A/Bの5クラス(1クラス16名)に分かれて対戦。Aクラス準決勝で
同じ囲碁部の吉田8段(優勝)とあたり、きわどい勝負を終盤左上隅を
セキにされ逆転負け(囲碁部内では3子なのにこの日は2子→敗戦の言い訳)。
3位決定戦では軽く中押し勝ちであったので惜しいことをしました。

通算4勝1敗でAクラス3位に終わりました。 

同じ年代の方や一緒に仕事や活動をした仲間が亡くなられるのは
本当に悲しく寂しいものです。 

心より吉田さんのご冥福をお祈り申し上げます。

長井憲章 
------------------------------------------------------------------------------------------------------
吉田嶽彦さんには追贈九段とし、後日、部員の集まる会にて
黙祷をもってお送りしたいとおもいます。

吉田さんに贈る言葉、ご返信にてお寄せいただきましたら、
囲碁部報保存版に追記掲載いたします。

IBM Japan IGO Club