IBM囲碁部報22009:小松藤夫先生引退のお知らせ

囲碁部の皆様、

小松藤夫先生が今年6月末をもって引退をされることになりました。

本日、下記日本棋院のページにて発表されています。
 https://www.nihonkiin.or.jp/player_news/retired/post_420.html

まだお若い先生ですが、最近の囲碁対局でおもうように
打てなくなっていることを懸念され、引退する決断をされたそうです。

ご存知のとおり、IBM囲碁部では先生が10代の頃から、実に長年に
渡って、お世話になっております。

部員の有志より先生の引退について贈る言葉をいただきましたので
お知らせします。(受信順でのご紹介です)

なお、IBM囲碁部の例会では引退後も引き続きご指導を賜ります。

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小松先生、長い間ご苦労様でした。

小松先生とのおつきあいは、46年前、私が東大囲碁部の幹事
(東大は部室が駒場にあるので、一年生から幹事)
だったころにさかのぼります。

当時小松先生は入段前の高校生(院生の一級)で、東大顧問の中岡二郎
先生に連れられて合宿に参加されて、その時が初対面だったと思います。
第一印象は、「すごく美男子で落ち着いている」。

弟弟子の窪庭孝君(富士通の主将でIBMの方々はよくご存じ)が
やんちゃな小学生で幹事役の私の手を焼かせており、
小松先生は対照的に大人びていて、指導や検討では歯切れのよい
明解さで周囲を感心させていました。

私はまだ弱かったので、なかなか打ってはもらえなかった。
それからずっと、「先生」というより「友人」としておつきあいさせて
いただき、IBMでもご指導いただいて、不思議なご縁だと思っております。

東大の囲碁部のOBたちで、「小松会」という名前で毎月指導して
いただいています。

私がIBMから転職して、東北、さらに関西に移ってからは参加する機会も
少なくなっていますが、後3年で私も現在の関西学院大学を退職になります
ので、またご指導いただく機会も増えると思います。 どうぞご健康に
お気をつけて、今後ともよろしくお願いいたします。

徳山 豪

「小松先生が引退されると伺い、最初にお会いした先生の初々しいお姿を
思い起こしました。
私も引退して17年になりますが、現役時代は忘却の彼方。好きな事にしか
時間を使わない引退後が、何物にも拘束されない、個人としての充実した
人生のように 思えます。

九段にまで昇段され、最高位を極められたのですから、今後は自由な時間
を満喫 されるよう願っています。」

長野一隆


小松先生、
囲碁棋士として一区切りされたとのこと、長い間お疲れ様でした。
人生100年時代、ゆっくりと充電してからまた次の目標を見つけ、
今後の人生を健康でより幸せに過ごされますようお祈り致します。

徳田隆行

私は小松先生の親しみの溢れたそのお人柄に惚れています。
なんといっても私の思い出は先生との腕相撲に負けたことが
ないということです。
そしてもう一つがキックボクシングで先生にケリを入れられた
ことでしょうか。
先生の動きについていけませんでした。
囲碁とは全く関係のない話ですみません。
日本酒の大好きな先生とは末永くお付き合いさせていただければ幸いです。
先生の新しい人生に乾杯!です。

鈴木 準

「小松先生にIBM囲碁部のご指導をお願いしたのは、
先生が2段の時でしたから、もう40年以上になります。
長い間、本当にありがとうございました。
これからは自由な立場で、ご自身の人生をエンジョイください。」

松谷  治

長い間のプロ棋士生活、お疲れ様でした。同郷の現役プロ棋士が
一人いなくなるのは寂しく思いますが、今後ともIBM囲碁部は指導
下さるということでその点は安堵しております。

中には私のような不出来の生徒もおりますが、それ以外は一を聞いて十を
知るような生徒ばかりですので今後とも宜しくご指導をお願いします。

藤田 清

私が囲碁部に入部して間もない頃、初めて天元で指導碁を打って頂きました。
皆さんに薦められるまま、3子での指導でした。
3面打ちだったと記憶していますが、中盤戦で先生が投了され、なんと
「もう一番打ちましょう」と言われました。
今度は最後まで指導頂きましたが、なんと、これまた私の勝利!
「1日に2度同じ人に負けたのは、これが初めて」と
激賞されました。以降、この件は仲間の集まりの都度、話題になり
私の囲碁人生における最大の宝物となりました。

もっとも、その後も何度か指導していただきましたが、4子置いても
勝たしてくれなくなったおまけがつきましたが、先生はこの時のこと
だけを強調して下さる、アマには優しい指導者でもありました。

アマの大会で審判長としてご挨拶されたとき、「お話が上手だな」と
感心したこともあります。

指導碁のアトの飲み会や、温泉旅行でご一緒のときなど、
楽しい思い出も沢山あります。
 プロとしては引退されても、今後とも我々アマを指導して下さることを
祈念します。 ありがとうございました。

及川捷三

小松先生

お疲れさまでした。
引退というのは、すごい決断と思います。敬意を表したいと思います。

 私が、1989年にIBMへ入社した直後、渋谷のフジで2子で教わりましたが、
しっかり負かされました。

数年前のアマ団体戦で打っていたときには、私の対局を観戦しておられて、
終局後に私が逃していた手筋などをいろいろ教えていただきました。

私が自分の石をコウにしてしまったのですが、実は無条件生きの筋が
ありました。いつもIBM囲碁部のメンバーの対局は気にされていたかと
思います。

今後ともお元気で過ごされることをお祈りします。

池上 均


小松先生もAI全盛の折柄、引退を決意されたとのこと、誠に
残念です。
小松先生には碁の指導を数々受けたことには当然のことなので、
これについては触れず、そのお人柄について感じたことを述べたい
と思います。
我々素人の碁好きにとってはプロ棋士とはいかにも殿上人のような
近づき難い印象を持つものですが、小松先生とは2段の若い時からの
お付き合いなので、最初から気楽にお付き合いが出来ました。
更に年月を経て小松先生も日本棋院の総務理事を歴任されるように
なると、我々との飲み会で小松先生も色々と差支えのない範囲内で
日本棋院の内部事情とか、囲碁棋士仲間の状況とかも聞かせてくれて、
プロ棋士も我々サラリーマンと変わらないなと親近感を持ったもの
でした。

 小松先生が総務理事で大企業の元社長が日本棋院の理事長であった
時、小松先生がその理事長とお付き合いで対局した時のことの話しが
印象的でした。大体プロ棋士はこういう時相手と接戦になるようにして
ヨセの時点で、相手に1目か2目勝たせるように打ちまわすものだそう
ですね。しかし、素人の相手がその通りにうまくヨセを打てるかは大変
疑問ですよね。小松先生も間違って1目勝ってしまったそうです。
「これは失敗だった」と先輩棋士に言った所、その先輩は「そういう時
には、後、こことこことのヨセを打って貰って終わりにしましょう。と
きちんと1目負けにすればいいのだよ」と言われたそうです。

 成程、プロ棋士も素人相手のお客さんには色々と気を使わねばなら
ないのだなと私も感心しました。並みのサラリーマンよりはプロ棋士の
方が余程世渡り上手ですね。

 真形 久視


 小松先生の、突然の引退のお話を伺い、大変驚き、そして
直ぐにとても寂しく感じました。

 想い起せば、私が本社囲碁部の幹事だった時、小松先生と
初めてお会いしたのは、それまでご指導戴いていた、泉谷政憲
先生の後任として、日本棋院からご紹介されて見えた、六本木
本社の社員ルームだったと思います。

 第一印象は正に”紅顔の美少年”(何故か会津白虎隊の戦士を
彷彿させましたが)が見えたと、深く心に残りました。
(本当に頬っぺたが赤く、俳優になったら女性フアンにモテモテ
間違いなしのハンサム青年でした)

 当時まだ18歳ぐらいとお見受けしましたが、その後は私は飯倉、
三番町と転々としたため、先生との記憶に残るのは、市ヶ谷の
日本棋院の一階にあった”遊仙?”で、よく飲んで話すのにお付き
合いくださったことです。(後に、”瀧はよく酒を飲む奴だ”と当時は
ビックリしたとおっしゃってましたが、<笑>)

 その後の記憶となりますと、やはり囲碁サロン「向ヶ丘遊園」での
「武闘派碁会」に年一度、指導棋士ではなく、一参加者として、
気軽にご参加くださったことです。

 先生の持ち点を挙げ、持ち時間を減らし、そして最初からビールを
どんどんコップに注いで酔わせる等、幹事としては、先生の戦力を
低下させる卑劣な手段?(笑)を尽くしたにもかかわらず、(さすがに
優勝は遠慮されたのか?)常に上位入賞をされてた記憶があります。

 一度などは、技を発揮され?、対局相手全員との結果が、すべて
一目半の勝ち負けだったことも確かありました。
 
 対局が終わった後の、先生を囲んだ囲碁サロン内での飲み会が、
いつも盛況で盛り上がり、とても楽しいひとときだったと、うれしく
思い出されます。
 時には棋士仲間の裏話なども打ち明けて戴き、みんながビックリ
して目を丸くしたことも、多々ありました。

 月例会などでも、私はよく真形さんと打った碁を手直しして
戴きましたが、”瀧さん、それは良い手だ”等と褒められた記憶は
ほとんど皆無で、常に打つ手、打つ手に厳しいコメントが飛んで
きましたが、そのコメントには常にやさしさとユーモアと強く
させてあげたいという親心が満載で、私はいつも感謝と満足感で
いっぱいになりました。

 小松先生は素晴らしいお人柄で、心が広く、やさしく、明るく、
とても頼りになる方です。(個人的な家庭問題で、ご相談に乗って
戴いたこともあり、感謝いたしております)

 突然のご引退のお話しに、まだ戸惑っていますが、これからも
月例会にはぜひ引き続きご出席され、拙い私たちの碁を、今まで
どおりに、優しくも厳しくご指導いただければと、切望しています。

 約半世紀にわたる、公私友のご指導、ありがとうございました!

(文中の言葉やお話は、私の勘違いや思い違いも多々あるかと
思いますが、どうかご寛容くださいますよう、よろしくお願い
いたします。)

瀧 賢史

小松藤夫先生へ

突然の引退に驚いていると同時に残念です。
先生のプロとしてのプライドが、決断させたのではないかと思います。
私はこの10年近く、先生のユーモアとセンスのある解説に、多いに納得もし、
勉強させていただきました。おかげさまで7段から8段までにさせていただき
感謝しているところです。これからも先生の囲碁についての考え方を
基礎として、囲碁を続けていきたいと思っています。
長い間本当に、ありがとうございました。
これからもご指導のほど、よろしくお願いします。

山内 裕介

小松先生
この度は引退を決意されたと伺いとても驚きました。
長年に渡るプロ棋士としての戦い、本当にお疲れ様でございました。
また、私のようなヘボにも、指導碁を何度も打っていただきました。
本当にありがとうございました。

これからもご指導よろしくお願いいたします。
何とか置き石を減らして行けるように、頑張ります。

金子裕彰 拝

囲碁を打たなくなってから、ずいぶんひがたちました。
たぶん、なにもわからなくなっているのでしょうが、
今でも、日曜日の放送はみています。

続けていたらなあと懐かしくみています。
小松先生に打っていただいたことをなつかしく思い出します。
ありがとうございます。

石井史子

小松先生
引退とのことで長い間お疲れ様でした。
小松先生の分かりやすく丁寧な指導にも関わらず進歩のない
生徒でしたが、プロ棋士の読みの深さや、解説されて初めて一手の
重みを感じさせられたこともありました。

プロ棋士の引退とはどういうものかよく分かりませんが、これからは
自分の自由に使える時間が多くなるということでしょう。
同じ、亥年の6月生まれと伺っていますが、これからの人生楽しみですね。

今後もご指導よろしくお願いします。

赤川 均

小松先生、

これで晴れて翌日のことは気にせずに晩酌ができますね。
これからも健康、飲みすぎには注意されて我が囲碁部の
棋力向上をよろしくお願いします。

長井憲章

遅くなり申し訳ございません。なかなか言葉がでなくて。

小松先生、引退の件、ちょっと意外でした。年齢的にも
まだまだ現役で活躍できるとおもっておりましたので。
まずは「たいへんお疲れ様でした」といいたいと思います。

身を削られるような厳しい囲碁界に長年在籍され、相当の
実績を残してきたのですからされだけでもたいへんなこと
です。九段の最高位を極められ、若手の前にたちはだかって
もらいたいとおもっていたのですが。・・・

小松先生がIBM囲碁部の指導棋士としておみえになったのは
前の泉谷正憲六段からの引継ぎでした。もう30年以上も
まえのはなしです。会場も渋谷や新宿、千歳船橋(?)とあちこち
変わりましたがそのときどきのおもいでは忘れることはでき
ません。わが囲碁部はまさに先生とともにあったのではないかと
おもいます。泉谷先生は優しくほめながら教えてくださったのに
対し、若い小松先生は厳しく、鋭く、とても怖くおもいました。

しかし囲碁の神髄を教えてくださったのは小松先生でした。
囲碁部の棋力向上にどれほど貢献したかはかり知ることはできません。
わたしも最近は手を読むことが面倒くさくなりつまらぬ失敗をよく
するようになりましたがこれからも打ち続けていくつもりです。

あいかわらずのご指導よろしくお願いします。

中山孝雄
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小松先生にはこんな不真面目でいい加減な弟子を長年見ていただいて
有難うございます。今もって4.5段の私は、いつの間にかIBM囲碁部の
定点の座をどなたかから、しっかり引き継いでいるようです。

そんな私に、どんな易しいのでも良いから詰碁の本を一冊読破しなさい、
テストしてあげるから、と言っていただいたのに、未だ果たせず。

これからもどうぞ宜しくお願いします。

木谷晴彦

「小松先生、 多くの先輩達を差し置いて引退とはもったいない
 気もします。 今後も引き続きご指導のほどお願いします。
 不肖の弟子より」

谷野拝

お疲れさまでした。

引退されても例会の指導碁のほうは引き続きよろしくお願いします。
お酒のほうは引退されなくて良いですよ。

古川康雄

小松先生、
引退とのことで長い間の棋士生活お疲れ様でした。

実は先生がプロ棋士の対局で勝利して活躍されるのを眺めるの
は私のひそかな楽しみでした。週刊「碁」を見るときは上段の
勝った棋士の名前だけ眺めて先生の名前があれば喜び
下の段の負けた棋士は見なかったものです。この楽しみがなくなる
残念さもあって、最初に「引退予定」とご意向を伺ったときに
すぐにおひきとめさせていただきました。しかし、ご返事は
意志が固いご様子でしたので、もう決心されておられるのだなと
おもいました。

私はその昔、渋谷の例会に参加したときに、先生に初めてお会い
しました。そもそも、それまで私はプロの先生に習うということが
ありませんでした。また、いつも対局することしか頭になかったので
生徒のうち碁を並べて講評する形式の会は初めてで新鮮でもあり
勉強になりました。

低段の頃から参加していて、感覚的なところを中心にまさに碁が
強くなれたのは先生のおかげとおもいます。ありがとうございました。

最近の例会においても、先生はAIもよく研究されておられ、
最新定石に精通され、新しい碁の考え方を紹介いただけるので、
とても斬新で刺激にもなっています。

また、碁の解説がとてもユーモアにあふれ、皆、笑顔が耐えず何度も
爆笑させていただくのが素晴らしく、これは大げさではなく、
みなさんの寿命を伸ばしていただけているのではないでしょうか。

引退後はまずはお休みなさって、これからも引き続き同じように
ご指導いただければ幸いです。

至らぬ生徒ですが、、これからもよろしくお願い申しあげます。

岸原 達也

まだ若い若いと思っていた先生が
引退を決意なさるとは、年年歳歳人同じからず
の感を深くいたします。

 AIを研究されていた影響が大きいように思います。
私どもの指導には差し支えがないと存じますので、
若い時に時々3子局に勝たせていたきました、もう無理だとは思いますが、
3子局勝利を目指してがんばりますので、
何卒よろしくお願いいたします。

高本 正

私が1980年頃、東京勤務になって、IBM囲碁部に加入した年に
初めてプロ棋士に打っていただいたのが若き小松藤夫先生でした。

それまで、会社の同僚や碁会所の常連と時々打つことはありましたが、
それは石を並べているだけの、所謂、ヘボ碁の見本みたいな碁でした。
当時、私の棋力は3級程度でしたから、先生との手合いは星目だった
と思います。

それまで私は9子置いて打つ相手とめったに出会ったことがなかった
ので戸惑った上、打ち進めるに従って、白石が急所へ急所へと来るのに
翻弄されて、為す術もなく負けてしまいました。

その時、感じたのが「これが囲碁だ!」という感嘆と、世の中には
こんなに強い人がいるんだと言う驚きでした。

それ以来、40数年経って先生とは5子の手合いにはなりましたが、
指導碁を打っていただくたびに昔の感動が蘇ります。

今回、棋士としては若くして引退されると聞いて、正直ビックリ
しましたがこれからも我々の良き師として厳しくご指導くださるよう
お願いいたします。

兵藤 進 

小松先生へ贈る言葉:
小松先生、長い間ご苦労様でした。
始めてお会いしたのは渋谷の定例会でした。
その前の年まで、単身赴任で仙台に2年間赴任していました。
月一回帰京するのですが残り3回の土日は碁会所で時間を潰していました。
東京が羨ましかった。なぜならプロの先生の指導が受けられるというこ
とだったからです。

東京に戻ったら早速例会に参加することにしました。
初めて渋谷の例会に顔を出すと、あのころの小松先生は若かった。
一見すると高校生の様にも見えました。でもプロ棋士。
私は弱かったので手を上げられず、なかなか指導碁を打ってもらえなかっ
た。年に一度くらいは指導碁を打ってもらえました。

9子で打っていただいたと思いますが、初対局で5目ほど負けてしまいました。
9子も置いてですよ。私は小松先生を尊敬していてずっと正座で打たな
ければと膝を崩すことなく打ち進めていました。

 何度目かの指導碁でほぼ勝ちそうになりました。
そのとき今までに経験したことがない感覚に襲われました。
「震え」が来たのです。置き碁とはいえプロの先生に勝てる!
と思った途端、碁石が持てなくなったのです
(これ前にも言ったと思います)。
中指と人差し指で碁石をつまめないのです。
しかたなく親指と残り4本の指で持ち、打ち進めました。
みっともない打ち方になってしまいましたが、今となっては新鮮な
体験でいい思い出です。

 さて、小松先生ご自身のことですが、定年退職ってところですか?
最高段位獲得の直後に還暦を迎えられました。
9段昇段,我がことのように嬉しかった。
あの渋谷でキラキラ光る眼差しの高校生に見えた小松先生が永遠の
最高段位に。

 同行いただいた中国旅行も忘れられない思い出です。
小松先生は生き生きとされていました。
いろんなお土産を買いこまれて、嬉しそうでした。笑顔がいっぱいでした。

 私たちを指導していただくとき、振り返りのコメントに小松先生
の成長ぶりを感じました。決して我々を非難しない、人を責める言葉を
発しない。私たちは小松先生の言わんとするところを感じ取り、
笑いの中で吸収したものです。

 追伸)今、柳時薫のYouTube超早碁にはまっています。
なんと面白いことか。小松先生は解説が上手なので、ぜひYouTube超早碁に
チャレンジしていただきたいと思います。
きっと評判になること請け合いです。

 今後ともIBM囲碁部の発展にご協力のほどよろしくお願いいたします。

大木拝

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ネット上で息子さんとおもわれるアカウントの方の
Messageを目にしましたので掲載させていただきます。
こちらは先生にもお伝えいたしました。

マスター@ラーメン依存症
@RMP_master

実は親父が囲碁棋士なんだけど、先月末で引退したらしい。
約45年間お疲れ様でした。
勘当されてるので直接労えないのが残念。
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小松藤夫先生、

先生が引退されたとの知らせにビックリしました。
指導碁の会場が新宿から中野に移ってから、コロナの蔓延や小生の
老化による脚の衰え、そして何よりも聴力が補聴器で補っても難しくなり
折角の説明が聞き分けられなくなり、やむなく欠席いたしておりました。
先生の判りやすい説明を聞けないのは残念ですが、それ以上に先生の活躍ぶりに
接することができなくなのは残念です。
くれぐれも健康に留意されて今後ともよろしくご指導くださるよう
お願いいたします。
      石田 造

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那須川天心のように有終の美で引退でないので多くは語れませんよ。^^;

10才で囲碁を覚え囲碁歴53年。18才で入段棋士生活45年。
IBMに囲碁指導は19才からですので44年。
在籍は皆さんより長いかも・・・

囲碁で考えることは 1 方針 2 読み 3 変化図の比較 4 形勢判断

2は若手にはかなわない。 3は勉強しているかで速度が違う。 
4は若手が速く年齢を重ねるたびに遅くなるし正確には出来なくなる。。

唯一年上の有利性は経験測でしたがAIによって逆にマイナスに・・・
長年築いたもの考えを捨てられない先輩方が多い。
私は取り入れていますが、若手にはかなわない。

対局前の緊張したドキドキ感が無くなるのは寂しいのが心残り。

会社員と違い毎日出勤していませんので、以前との生活はそれほど
変わりませんね。

株と格闘技GYM(KRAV MAGA)をして過ごします。

小松藤夫

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小松先生、長い間の棋士生活本当にお疲れ様でした。

先生へ贈る言葉のある方は返信にてお知らせください。
こちらよりお知らせいたします。

IBM Japan IGO Club