関東囲碁部報(99-049)10/26/99 韓国旅日記(団長:高本正バージョン)
韓国旅行記の最終版です。高本団長がワードで12ページのこれまた長文の
報告記を届けてくれました。人により違った趣が味わえて楽しくなります。
ゆっくりご覧下さい。
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韓国旅日記 平成11年10月13日
本 正
平成11年10月6日から12日まで6泊7日で韓国を旅行した。
6年前初めて訪問したときはソウルだけで都会の喧騒とキムチの唐辛子の辛さと独特のにおいが強く印象に残り、余り好んで訪問するところでもないという違和感があ
った。
今回韓国東北部の江原道(Kanwon−do)を訪ね自然や文化に深く触れ、またソウルの変容振りも目を見張るものがあり、隣国として強い親近感を覚える旅とな
った。このことを忘れないように旅日記風に綴っておこう。
10月6日(水)
今回の韓国訪問の主目的は第10回囲碁友好大会に参加することである。
10年前幹事であった兵藤さんと牛島さんが中心となり日本IBMと韓国IBM両社の囲碁友好大会が始まった。毎年交互に互いの国を訪問し囲碁の愛好者が碁という
趣味を通じて友好を深めるのである。
今回は記念すべき10回目ということで、ソウルだけでなく韓国の美しいところを観光してはどうかという韓国側からの提案を受けて日本側がそれを快諾。韓国東北部
の国立公園である雪嶽山(Soraksan)のハイキングが組み込まれた。それに伴い参加希望者は例年数名のところが実に今回は14名に増えたのである。
私は最近常に家内を旅行に同伴することにしているので、家内も楽しみにして参加した。家内にとっては初めての韓国訪問であり、海外旅行は3回目である。
旅行の幹事は木谷さんでIBMの現役社員、重要な仕事に携わりながら韓国側との折衝、旅行社への指示、参加者への連絡など並大抵の苦労ではなかったはずである。
人数が多いこと、また体育の日の絡む3連休で、航空券の手配やホテルの手配に相当苦労したようである。今日の夕方発NW(NorthWest)9便が確定したの
はつい数日前であった。
私は仕事を休みにしているので早くから準備し今日も13時には家を出て成田に向かった。大きなスーツケースをぞろ引いて、二人ともリュックを背負いできるだけ両
手を空けておくいでたち。携帯用磁石碁盤をリュックに背負い込み、どこででも対局できるように備える。参加者を代表し、記念写真をホームページに記録するための
デジタルカメラを携行する。
成田の第一ターミナルから発つのは始めてで、NW9便の出発は18時45分であるから3時間強の余裕をもって成田に着いた。ウオンへの両替は成田ではサービスし
ていない、家内の旅行保険の手続きを済ませてコーヒーを飲んでメンバーの集まりを待った。
続々とメンバーが集まってくる、14名全員が揃ったところで出国手続きを済ませ,免税店でお土産のアルコール類を7〜8本買いNW9便に乗り込んだ。予想どうり
の満席。出発ゲートで、「明日の便に変更できる人には500ドル相当の旅行券を提供する、便の変更可能な人は申し出て欲しい」という案内をしていた。オーバーブ
ッキングになっているのだ。
予定通り金浦空港に到着、韓国側幹事の姜(Khang)さんと金(Kim)さんが出迎えてくれた。金さんは大型のワゴン車で来ており、今日の宿泊地リージェント
ホテルへ向かった。チェックインしたのは夜10時。
金さんは希望者を募り、ナイトツアーに連れて行ってくれるということで8名がワゴン車に乗り出発。行く先は南大門市場で夜どうし開いているのだという。ホテルは
金浦空港の近くだから30分くらいドライブして南大門市場に着いた。東京のアメ横といった雑然としたマーケットである。我々はスナックだけの機内食しかとらなか
ったので皆空腹を抱えていた。何はともあれ腹ごしらえと市場入り口の屋台に入った。
飲み物は韓国焼酎の真露、つまみは2種類の貝、ボイルいか、ツキだしはムール貝の汁、メインディシュは温かいソーメンで空腹を満たした。6年前こんなに味の良い
ソーメンは口にしたことがなかったし、魚介類は衛生上敬遠したものである。今日はおいしく安心して食べた。其の後、市場の一角を一回りして市場を後にした。
金さんは南山公園に車を向けたが、深夜のため上り坂の道路が閉鎖されており諦めてホテルに戻った。ホテルに戻りベッドに入ったのは深夜1時を過ぎていた。
10月7日(木)
今日は金浦空港から韓国の国内便で束草市(Sokcho)へ移動する。朝食はホテルのレストランで家内と共にオムレツ、フレッシュジュース、パンで済ました。
10時発でフライト時間は僅か40分、束草は韓国の東北部、江原道の小さな都市、雪嶽山国立公園の玄関口であり、日本海(韓国は東海と呼んでいる)に面した港町
である。束草空港からは姜さんが手配してくれた大明(Daemyon)コンドミニアムに向かう。タクシーに分乗して行くわけだが、韓国人は同行してくれていない
ので、拙い英語を駆使してタクシードライバーと交渉しなければならない、当然誰も韓国語を話せない。韓国でタクシーに乗るときはメーターに応じた料金を支払うこ
とを確認しておく必要がある。乗合タクシーの慣行があったため、ドライバーは不当な金額を要求することがあるのだそうだ。
幸い束草空港の女性係員がタクシードライバーに我々の言いたいことを韓国語で伝えてくれた。4台のタクシーに分乗し、コンドへ向かった。束草市は海に面した港町
で風光明媚な小都市である。実に明るい感じである。しかもEXPO‘99が開催中で街が特に清潔に整えられているように感じた。海から離れると道路は山に向かい
韓国有数のリゾート地雪嶽山に入ってきた。約30分のドライブでコンドに到着。先ず景色の良さに感心した。コンドの正面に屏風のように一連の岩山が立っているの
である。秋晴れの下、空気も澄んですっかりリゾート気分に浸った。コンドミニアムは日本のリゾート地にもあるホテルのような大型アパートで、多人数で1部屋貸し
切る方式である。
牛島夫妻と和田さんは昨日からこのコンドに泊まり一足先に雪嶽山を楽しんでいる。どこを散策しているのだろうか? 当然、夕方にしか戻らないだろう。
我々はチェックインを終え、コンドの12階のレストランで昼食をとった。各自好みの料理をオーダーした、私共夫婦はビビンバを注文した。味はまずまず、私は昨日
ソウルの屋台で食べたにゅう麺の方が好きである。
午後からはフリーで観光かハイキングかどちらかの選択である。私共は束草市で開催されているEXPO見学を選んだ。木谷さん、井伊さん、田島さん、山崎さん、谷
野さんと一緒だ。コンドから無料のシャトルバスが出ていることが分り、その停留所を探して乗り込んだ。3ヶ所ほどコンドを回ったため時間はかかったが、楽だっ
た。入場料、外国人は12000ウオンで3時に入場、6時まで3時間各自で観て回ろうと決め、私達と田島さんと谷野さんの4人はテーマ館の待ち行列に並んだ。最
も人気の高そうなパビリオンと判断したためである。30分ほど待って入館できた。約600席ほどあるシアターになっている。日本語説明の聞けるオ−ディオを貸し
てくれ、これは分りやすそうだ。シアターの前面は壁一面のラージスクリーン、EXPO主催者である江原道(Kanwon−do)の自然をヘリコプターで撮影した
大迫力の映像ですっかり江原道ファンになってしまった。雪嶽山の四季、東海を称える祭りなど美しい映像(約20分)を堪能した。その後、国際館や韓国館や日本館
を興味深く観て回った、国際館では各国が観光名所を案内している、私は後学のためできるだけ多くのパンフレットを集めた。日本館は日本海に面する各県がブースを
設けていた。
EXPO見物を終えた後は夕食である。ここは港町である、新鮮な魚を食べることはできないだろうかと考えていたところ、谷野さんも同じ考えとみえて魚を食べに行
こうということになり、衆議一決。EXPOのインフォーメーションデスクで魚市場の場所を聞き、市内バスで探検に出た。所要20分、行く先は大浦(デーポ)との
情報を頼りに木谷さんは地図を片手に大浦バス停を見逃すまいと真剣である。バスのアナウンスは分るはずがない、ほぼ満員の乗客はすべて韓国人である。不安がつの
る中、海岸に店や食堂が連なっているところに出た。
大浦に間違いなし、勇んでバスを降りた。早くも夕暮れになって電灯に照らされる人込みの道を辿り、夕食をとるべき食堂を物色した。海岸沿いの道に市場を形成して
いる、目の前の海でとれた新鮮な魚を生け簀やポリ桶に泳がせている魚屋、果物屋、野菜屋、するめなどを置いたみやげ物屋が軒を連ねる。魚屋は店の奥に食堂を兼ね
たものばかりで、どの店に入ってもあまり変わらないような気がしたが、豊富な種類を食べられそうな店を選んだ。早速注文したいが何せ言葉が通じない。「これいく
つ、あれいくつ」と実物を指し示して注文した。ひらめを注文すると、いかやかわはぎやはまちなどはサービスで加えてくれる仕組みになっているようだ、韓国でもひ
らめは特別に高いのであろう。7人で2キロを頼んだ。新鮮そのもので、身のこりこりした旨い刺身を沢山食べた。何と谷野さんはやおら、わさびを取り出した、日本
から持参してきているのだ。ひらめの残り身はチゲ鍋にしてくれたので腹一杯になった。
帰り道、焼き栗、梨、するめなどおいしそうなものを次々に買い込んでコンドに持ち帰った。ハイキング組にも韓国の美味を味わってもらいたい。タクシー2台でコン
ドに帰る。
コンドに戻ると牛島さんご夫妻、和田さんも合流し、ハイキング組も全員揃い、谷野さんが幹事になり雪嶽山囲碁大会が始まった。今日明日の2日間で5局以上対局す
る。
コンドは合計18名で3室使う、1室は寝室が2つとリビングルーム1つからなりスペースは申し分ない。私は工藤さんと山崎さんとの対局を終え一番先に722ルー
ムの奥に寝た。翌日井伊さんに聞いたが「最後に寝たのでふとんがなくて困った」とのこと。コンドはオンドル式で床暖房されており、ふとん無しでも風邪をひかなか
ったのであろう。私が寝たのは1時半だった。
10月8日(金)
今日は雪嶽山ハイキングの日である。快晴で絶好のハイキング日和、姜さんは昨日マイカーでソウルから5時間かけてコンド入りしており、今日のハイキングのガイド
役を務めてくれる。昨日もハイキング組は姜さんの案内で岩山の1つに登ったそうだ。だから、今日、全員で揃って行動するわけではない。健脚組、初心者に分かれ
た。牛島夫妻と和田さんは3日目のハイキングであり、健脚組も2グループに分かれた。タクシーに分乗して雪嶽山ハイキングの入り口である小公園(コンドから20
分)まで行き、まず一番楽なロープウエーからの展望コースをとろうとしたが、何とロープウエーの待ち時間が1時間強と聞き、ロープウエーは諦めた。
千仏洞(チョンブルドン)渓谷コースが姜さんのおすすめ、健脚組は往復6時間のコース、初心者組は2時間コースを歩くことになった。牛島夫妻、和田さん、木谷さ
んの4人は別のコースを選んだ。私と家内は初心者コースで他に田島さん、井伊さん、山崎さん、
工藤さんは健脚組ながらグループのサブリーダーとして最後尾を受け持ち、途中まで我々初心者組をフォローする。
千仏洞渓谷コースをとる一行は小公園を出発し飛仙台(ピソンデ)まで約1時間一緒に歩き、一休みして健脚組が出発。我々初心者組は私をリーダーに、最後尾に工藤
さんがついてくれて15分後に出発、鬼面岩を目指した。姜さんの説明では鬼面岩まで50分。
千仏洞渓谷の最初のポイント飛仙台は平らで大きな白い石の間を清い水が流れるところで多くの子供達が遠足に来て渓流を楽しんでいた。国立公園にふさわしい美しい
ポイントである。雪嶽山はこの時期、紅葉のベストシーズンとの触れ込みであったが、紅葉には少し早いようである。
飛仙台を出発して5分位歩いた地点で金網で仕切られたところに分岐点案内がある。勿論案内はハングル文字だから理解できない。左に金網をくぐって進めば次の目標
地は2時間20分、右に進めば50分となっている。私は50分の右のコースが鬼面岩のコースと判断し、右へのルートをとった。急に石ころのゴツゴツした急登の
コースとなった、やがて緩やかな歩きやすい道に出るのだろうと甘い期待をもって進むが路は険しさを増すばかりである。10分ほど進んだところで中年の韓国人が身
も軽やかにすいすい我々をごぼう抜きして登っていった。そして上の方から「もうすぐ、もうすぐ」と我々を励ます。なぜ我々日本人にこうまで親切なのか不思議に思
ったが、とにかく余裕をもって考えられないほどの急な石のゴロゴロした登り路で一歩一歩注意深く歩くので精一杯。
道を誤ったとは夢にも思わず、むしろ険しい渓谷だなあと思いながら更に登った。先ほどの韓国人は我々を先導するかのように、先に立っては我々を注意深く見下ろ
す。飛仙台から40分ほど歩いたろうか、見晴らしのよいところに出た、上を見上げると岩山が突っ立っている。更に登り道は険しくなっている。そこではじめて私は
道を誤ったことを覚った。
切り立つ岩には大きく窪んだ洞穴があり、そこから読経と木魚の音が聞こえてくる。そこまで登りつくにはまだ少なくとも15分はかかるだろう。私は道を誤って申し
訳ないと皆に謝り、引き返すことを決断した。よくも40分もこの険しい道を進んだものだ。記念写真を数枚とって元の飛仙台まで戻ることにした。工藤さんは先の韓
国人についていくように健脚組を追って尾根道に進んで行った。
私達初心者組の5人は一歩一歩注意深くゆっくりしたペースで険しい下り道を下った。無事飛仙台まで戻ってきて安堵した。飛仙台の茶店で無事の帰還を祝しビールで
乾杯し、昼食をとった。
工藤さんの安否を気遣いながら昼食をとっていると健脚組の松谷さんと遠藤さんの二人が戻ってきた。二人は最終目的地まで行かずに仲間より一足先に途中で引き返し
たのだという。
工藤さんが独り別れて尾根道に進んだことを話すと、どうやら一緒になった韓国人は韓国IBMの社員で、我々の仲間の朴(パク)さんだということが分った。朴さん
は明日我々をソウルまで車で送ってくれる4人の仲間の1人なのだ。おそらく我々が間隔をおいて歩いていたので自己紹介をしたくてもできずに、我々を励ますことに
よって仲間であることをアピールしていたのである。私達は半分冗談で「工藤さんが一見親切そうにみえる韓国人に誘拐されなければよいが」などと話したものであ
る。
ロープウエーのある小公園まで戻ると、牛島さんのグループとも出会った。牛島さんはロープウエーの乗車予約券を買って乗車待ちしている。我々の場合1時間強の待
ちになるというので、ロープウエーはまたしても諦め少し早いがコンドへ戻ることにした。
とんでもない初級者向けハイキングとなってしまい、家内はじめ初心者組の人達にとってハイキングはもうコリゴリだったに違いない。タクシーに分乗し3時前にはコ
ンドに戻った。地下1階の大浴場で汗を流し、すっかり良い気分になり夕食まで対局を消化した。
4時前には工藤さんも無事戻り、改めて朴さんも紹介された。変に勘ぐったりして朴さんには全く申し訳なかった。
全員がハイキングから戻り、張さん、金さんも明日の運転手のためにコンドに到着、夕食は近くの豆腐料理屋に出向いた。料理屋が車を差し向けて2回に分けて我々を
運んでくれた。料理屋は天井が高くて開放感があり、壁にはすだれがかかり涼味満点の店であった。
豆腐料理は豆腐になる直前のおぼろとうふで美味でサッパリしていた。鉢にはいった韓国の冷酒(まっかり?)も飲みやすかった。
コンドに戻り囲碁大会に韓国の4人も加わり盛会となった。私は姜さん(4.5段)と対局、力碁で、2子で見事に負かされた。 囲碁大会は3勝3敗で終了、因みに
優勝は5戦全勝の水田さん。就寝は1時。
10月9日(土)
今日は雪嶽山のコンドからソウルへ移動する1日である。韓国IBMの仲間4人が車で約300キロをドライブしソウルまで我々を運んでくれる。合計23名の団体で
ある。単に移動するのではなく、リーダー姜さんの案内によれば、江原道の名所を観光案内していただけるのである。東海の鏡浦海岸、江陵市の烏竹軒
(Banboo House)、五台山(Odaesan)国立公園にある2つの寺院。ソウルに着くのは夜8時ごろとのこと。
コンドの前で2,3枚記念写真をとり4台の車に分乗し9時半頃出発、我々日本人の手荷物が多くいずれの車もぎゅうぎゅう詰め。私達3組の夫婦は金さんが運転する
大型のワゴン車に乗り込む、座席は6個しかないのに7人が乗っている。残りの3台は普通の乗用車で4人、4人、3人が乗り込んだ。共通語はカタコトの英語、無事
ソウルに着けるか?
道路は道幅が広く清潔で快適に走る。束草市のEXPO会場を通過し東海の海岸沿いを南下する。最初の観光スポット鏡浦海岸に1時間弱で到着、宮崎の日向海岸を彷
彿させる白い砂の浜が何キロか続いている。日本海の波が荒く感じられた。
次は江陵市の烏竹軒、そこまでの道路事情も良く爽やかなドライブであった。江陵市は古い都で静かな落ち着いた雰囲気の街である。烏竹軒は韓国で有名な朱子学者で
ある李栗谷氏の生地、赤や紫を基調とする落ち着いた色合いの木造の建物が広い間隔で整然と建っている。ここはお寺ではないが、雰囲気としては日本の法隆寺に似て
いるように感じた。
広い空間でゴミ1つ落ちていない、静寂で清いというのが第一印象であった。李栗谷氏は5000ウオン紙幣に印刷されるほどの韓国の偉人である。秀吉の朝鮮出兵に
対して朝鮮側の大将として守備にあたった人物でもあると聞いた。その李栗谷氏の行状を記す展示館、江陵市の博物館を見物した。博物館では金剛山を愛でるコーナー
もあり、南北に分かれていても南北共通にいかに金剛山を憧れているかがよく理解できた。
どうしても見学に時間をとってしまい、スケジュールが遅れて行く。昼食は2時頃になった。
随分ドライブして昼食予定のところに着いた。位置としては五台山国立公園に入る手前のようである。屋根は低く間口の狭い古い民家のようなところに何台もの車が駐
車している、余程人気の高い食物屋なのだろう。約20分待ってようやく入ることができた。
いかにも古く歴史のある食物屋で木の床にござが敷かれ、日本でいえば信州の山菜料理屋といった風情である。各テーブルには21種類の料理が並んでいて、はっきり
名前が分ったのはごまの葉と豆腐くらいでとにかく種類の多い山の幸である。私は全種類少しづつ食べた。いずれもあっさりとしていやみのない味で食べやすい料理で
あった。唐辛子の効いたものは数種類のキムチだけであった。
体に良さそうな珍しい昼食をとった後、車は五台山国立公園への有料道路を進んだ。
五台山国立公園は雪嶽山国立公園の南に位置し20〜30キロしか離れていない。途中からアスファルト舗装がなくなり、土煙をあげて山道を深く分け入って行く。渓
流沿いにはもみじの木がところどころ紅葉しており、美しいところもあった。終点と思しき駐車場に着いた。そこからほど近く、幅の広い50段ばかりの石段の道を登
ると大きな山寺があった。
韓国にもこんなところに古い大きな寺院があるのかと思うと安心感とともに親しみを覚える。寺院の境内から五台山の方を見上げると木々は黄や紅に変色しはじめてい
る。
我々はまた車に乗り込み、いまきた道を下り、五台山国立公園の入り口を示す案内板のあるところまで戻ってきた。今日最後の観光スポットであるもう1つのお寺を観
る。
ほどなく、金剛楼と記された大きな山門をくぐった。ここも古くて大きな寺院である。内庭には国宝の9層の石塔があり、その前には石の仏様が踊るような格好で立っ
ている。日本ではこんなユーモラスな仏様は見たことがない。また寺院の奥に回ると小高い丘に枝振りの良い松が自然との調和をとって茂り、丘の前面の丘陵には木は
なく緑の草で覆われ非常に落ち着いた雰囲気を醸し出していた。自然を見事に活かして庭を構成している。
美しい海、美しい山、落ち着きのある静けさと清らかさのある文化遺産に接し、お隣の国韓国に親しみを感じる。素晴らしい江原道のドライブ旅行はこれで終わり、後
は高速道路に乗り、ソウルへまっしぐら。
運転手の金さんが眠くならないよう適当に刺激を与え、話し掛けたりして高速道路をひたすら走った。途中サービスエリアで一息入れただけだった。
4台とも無事目指すソウルの中心街にあるホリディインホテルに到着、既に9時半を回っていた。ソウル市に入るところで少し渋滞にあった、約250キロの高速料金
が日本円で900円と安く、ガソリン代は1リットル120円で日本より高い。
運転してくれた4人のドライバーはさぞかし疲れたことだろう。明日はメインイベントの日韓囲碁親善大会、夕食までつきあってもらうわけにいかない。我々日本側は
チェックインを済ませ、囲碁大会のみに参加する兵藤さんと金子さんも加わり、夕食に出た。
ホテル裏の大衆的な焼肉料理屋に入って囲碁大会の前夜祭で気勢を上げた。
囲碁大会に参加しない3人のご夫人方はソウル観光に決めたようである。
10月10日(日)
朝から小雨だが今日は囲碁の日だから一向に構わない。但し、ご夫人方は観光バスに乗るとはいえやはり晴れた方が良い。
朝食は牛島さんご夫妻、兵藤さんとともにホテル近くの大衆食堂に入る。朝の定食が3種類あることは分るが、それが何なのか分らない。店員は勿論英語が分らない、
従って3種類を1人前ずつとり、隣のお客さんがお好み焼きのようなものをおいしそうに食べているので、「あれ」と指差し、親指を1本出して1個と表現し、5人で
共有した。
定食は味噌汁定食と、2種類のスープ定食で汁を主体とするものだった。味噌汁がサッパリうす味でおいしかった。
朝食後、ご夫人方がソウル観光に出かける。夕方6時にホリディインホテルに戻っているように指示した。
男性達囲碁グループは地下鉄で麻浦(Mapo)駅から韓国IBMのあるYoido駅まで行くことにした。2駅だから容易だ、しかしYoido駅からIBMオフィ
スまでどう行けば良いか確信を持つ者がいない。しかし、それは杞憂でYoido駅に着くと韓国側の仲間の1人が迎えてくれ、IBMオフィスに案内してくれた。囲
碁大会の会場はIBMオフィスの食堂である。今日は日曜日でキャフェテリアはお休み。
名前と棋力を自己紹介してA,B,Cの3クラスに分かれて各クラス日韓対抗総当たり戦を行うと韓国側から説明された。勿論、幹事は姜さん。日本側のAクラスは私
(6.5段)、松谷(6.5段)、田島(4.5段)、兵藤(4.5段)、工藤(4段)、和田(3.5段)の面々。それに対し韓国側はKim(7.5段)、
Choh(7段)、Seong(6.5段)、Yoon(6.5段)、Kim(4.5段)と棋力において日本側をはるかに上回る陣容である。
私は先ずYoonさんと当たる、互先で黒番となった。得意の低い中国流から優勢を築いて、途中コウがらみの複雑な戦いとなった。白のYoonさんが大石の生死の
判断を誤り、私は幸先よく初戦を飾った。
2回戦の相手はChoh7段、私の先番でまた黒を持つ。また低い中国流で臨み一時優勢になったが、相手は力碁で乱戦に持ち込まれる。Chohさんはしかも非常に
早打ちでついついこちらも着手が早くなる。私は下辺の白の大石をしとめて中押し勝ちになるところであった。ところが、冷静さを欠き不注意のミス(ポカ)でその大
石を活かしてしまう。しかし、形成判断をすると細かい、コミを出す必要もないので頑張った。Chohさんは形成有利と判断したようだ。今までの早打ちがピタリと
とまり慎重に着手を選ぶ。結局3目負けになってしまった。惜しい試合を落としたものである。私のいつもの悪い癖が出てしまった。
3回戦の相手はSeong6.5段、互先でまた黒番を引き当て、またまた低い中国流で臨む。Seongさんは多くの悪手を打ってくるので優勢を意識した。しかし
とにかく局面を撹乱してくる。大石の生死が勝敗を分けるところで私は白の大石をとったつもりでいたが、どこで誤ったのか大石を活かしてしまい負けてしまった。乱
戦に強い韓国選手の面目躍如である。その点では完敗の一局。
4回戦はKim4.5段が相手、2子局で私が5目逆コミを出す。細かい碁に持ち込んだが、逆コミが出せるか確信は持てない。最後作ってみると私の1目勝ち。幸運
であった。
最終戦がKim7.5段との対局、それまでKimさんは4連勝できている。周りは私が勝利して優勝戦線を撹乱して欲しいと期待している。Kimさんとは3年前に
も日本で対戦しており先で負け、2子局で勝ったことがある。今日は私の黒番で5目コミをもらう。
4手目にKimさんは高目に打ったので、私は中国流を止め、白の大模様作戦を阻止する方針で臨んだ。緩手はいくつかあったかもしれないが、形勢で遅れをとらない
ようついていった。眼のない石ができてその攻めを活かしてでれだけ得するかが勝負になってきた。
白は損することなく大石を凌いで、逆に黒石を分断したつもりでいたらしいが、黒の2つの大石が見事に連絡し、その時点で白の薄みが3ヶ所あり黒優勢となった。ど
こが相手に最も大きな打撃を与えるか、その判断を誤らないように打ちすすめなければならない。しかし、実力の出るその場面で私は間違ってしまい、無コウを打った
形になり大損してしまい好局をふいにした。周りの期待にも応えられず、ふがいない敗戦であった。
こうして私の成績は2勝3敗の負け越し。他の連中も全員負け越しですっかり韓国側の軍門に降った。しかし、Cクラスで金子さんが優勝、Bクラスで遠藤さんが2位
に入り惨敗は免れた。なにはともあれ日本側16名韓国側15名が参加し、10回目の記念大会は大いに親睦を深め合う盛り上がった大会となった。
昼食は韓国側の計らいで近くの日本料理のファーストフードに行った、私はざるそばを食べた。こしが弱いざるそばは日本におけるほど旨いとはいえないが、まずまず
だった。
優勝した金子さんは対局後、御夫人方をホテルまで迎えに行ってくれた。
和田さんは飛行機の都合で午後日本へ帰った。
囲碁大会の後は懇親会である。小雨の降るなか韓国選手の案内で15分くらいのところの宴会場に歩いた。日本からお土産に持参したウイスキー、や日本酒、韓国の焼
酎真露や韓国のお酒など多種多様なアルコール。料理は韓国風ブタ焼き肉の白菜包み、韓国風天ぷらなど。おなかがふくれたところで1人1人自己紹介を兼ねてショー
トスピーチをして場は盛り上がった。拙い英語ながらユーモア交えた話が多くお互い親睦を更に深めることができたと思う。韓国選手も多くの人達が来年は必ず日本に
行きたいと抱負を述べていた。
私は朴さんが雪嶽山でどのようにして我々を探しあてられたのかとか、社長のKimさんが2台の大きなワゴン車を運転してきたがどうしたのかなど皆が不思議に思う
質問をぶつけ場が盛り上がるよう努めた。
前幹事のビッグパークさん(大柄な朴さん)は2ケースの韓国酒をお土産に持ってきてくれた。私共日本人一人一人に分けられる量である。
宴会後、社長のKimさんからまたまたナイトツアーに案内してくれるという申し出があり、希望者10名ほどが参加し、地下鉄を使って雨の降るなか東大門市場を見
て回った。
東大門市場は立ち並ぶビル内に衣料品などの店が集まっており、日本でいえば日本橋横山馬喰町のようなところであった。地下鉄の終電11時に間に合うよう少し歩き
まわった程度で引き揚げた。Kimさんも地下鉄で帰宅した。
こうしてメインイベントの囲碁大会も終わり、公式行事はすべて成功裏に終了した。
もう日本へ帰ってもよいところだが、あいにく日本は体育の日が絡んだ3連休で明日のフライトがとれていない。
10月11日(月)
昨日までで韓国との交流イベントはすべて終わり、今日と明日は日本人だけの行動となる。牛島さんご夫妻は今日のフライトで大連に戻る、兵藤さんも今日のフライト
で帰国するが、我々は明日のフライトである。従って我々は今日1日全くのフリーである。
ホテルの予約も今晩はヒルトンホテルで、ホリディインから移動しなければならない。
牛島さんと兵藤さんに別れを告げた後、全員荷造りしてロビーに集まり、ヒルトンホテルへの移動作戦を協議していると、ホリディインの支配人が出てきて「空室が生
じたので今晩もホリディインに泊まれ」という提案。我々は協議し、ヒルトン側でキャンセル料が発生しないように頼んだ。待つこと1時間、ようやく11時にホリデ
ィインにもう1泊延泊することで決着がついた。
ソウル観光についての話し合いでは、初めてソウルを訪問した人達は景福宮などを歩いて見て回ることになり、工藤さんがリーダーとなった。もう1つの観光グループ
は韓国民俗村観光、水田さんがリーダーとなり、ホテルに頼んで観光バスで出かけることにした。
私達夫婦もこれに参加することにし、田島さん、井宮さんも加わり、6人で行くことになった。バスの出発は午後1時、日本語ガイドがついて料金は1人42000ウ
オン。
残りの人達は自由行動をとることになった。
夕食については、遠藤さんおすすめの参鶏湯(サンゲタン)を皆で食べることに決まり、明洞(ミョンドン)のロッテデパートに7時集合と決まった。
韓国民俗村観光グループは、まずホテルの隣にある大きな韓国料理屋で早めの昼御飯、冷麺を食べた。ピョンヤン冷麺は冷えた汁がタップリで、あっさりした味で旨か
った。
その後まだ時間があるので、朝、家内と散歩して見つけた乾物屋に案内した。のりや干しえび、さきするめ、ちりめんじゃこ、豆類など、品の良さような乾物が揃って
おり、おみやげに好適である。各自思い思いのおみやげを買って満足したようである。家内も干しえび、さきするめ、ちりめんじゃこを買い、韓国産の品質の良さを認
識したようである。
12時半頃ホテルに戻ると、韓国の老婦人に日本語で話しかけられる「韓国民俗村へご案内します、名前はチエーと申します」。私は1時出発ではないかと問いただす
と、もうバスも来ていて出発できるという、お客は我々6人だけだそうだ。早速小さいながら貸し切りのマイクロバスに乗り込んだ。早く出発すればそれだけ見学時間
が多く取れてよい。
民俗村はソウルの南の郊外にあり、高速道路を使って1時間の行程、天候も快晴になり絶好の観光日和である。私は連日の疲れで道中居眠りばかりしていたようだ、約
40分で民俗村に着いていた。日本でいえば明治村に相当する、韓国の古い民家や施設が各地から移設されたものである。昔のお役所や奉行所など興味深く見物した。
ガイドのチエーさんは日本の国民学校で幼少時代何年かを過ごしたそうで親日家である、年齢は60代後半ではないかと思われる。良家の出で、大きな家に住んでいた
そうであるが、とにかく古い韓国では男尊女卑が強く、女性は辛抱ばかりさせられていたのだそうである。夫の勝手気ままな振る舞いに困り、兄と相談するため故郷に
帰ったが、兄は「男が女と酒をたしなむのは当たり前、女は耐えるのが当たり前」といわれたとしみじみ話されていた。
韓国の伝統文化や産物を一通り見て、古い生活・習慣の様子が理解でき、実り多い観光ができた。
村内は子供達が沢山ピクニックに来ておりにぎわっていたが、ガイドのチエーさんは偶然、お孫さんに出会って驚いていた。小学5年生のお孫さんは体格が良く賢そう
な少年であった、チエーさんはお孫さんと連れの友達に御小遣いを渡していたようである。いいおばあちゃんなのだ。私の家内は記念写真をとってやる親切心を見せて
いた。
約2時間の見物を終えてソウルに戻る。チエーさんに明洞でバスを降りたい旨頼んだ。
7時まで充分時間があるがホテルに戻るより、明洞の街を見物する方が良い。
帰途、我々は30分ほどバスに閉じ込められたままになった。運転手が下車したまま戻ってこない。不思議に思いチエーさんに尋ねると私達に気持ち良く休憩をとらせ
たくて、何か良い御茶屋がないか探してくるように運転手に指示したとのこと、チエーさん自身もあまりの遅さに焦りだした。結局30分ほどして戻ってきて適当な御
茶屋がなかったようである。お客を30分も待たせるなど日本人の感覚では理解できないが、韓国人には些細なことなのであろう。
明洞でバスを降りたのが5時、待ち合わせの7時までまだ2時間ある、明洞は東京の銀座に相当するソウル随一の繁華街で現代的な明るい店が多く、人出も多い。待ち
合わせ場所のロッテデパートを確認し、ひとまず喫茶店で休憩することにした。デパートの8階がレストラン街になっている。コーヒーやパフェ、井宮さんは宇治金時
など思い思いのものをとり一服した。このコーヒーショップもきれいでコーヒーの値段も2500ウオンと日本の半分くらいである。まだ1時間の余裕がある。私は繁
華街の見物を兼ねて韓国棋院を訪問することを提案し、木谷さんから貰っていた地図を頼りに散策をした。ほうぼう迷ってなかなか棋院は見つからない。諦めてロッテ
デパートの方に戻っていると目印のガソリンスタンドが見つかり、そこから容易に韓国棋院に行くことができた。小さなビルの1階に玄関があり財団法人韓国棋院の看
板が漢字で出ている。5階に階段で登る、エレベーターのない質素なビルで韓国棋院は財政が豊かでないのだろう。6〜7人の囲碁ファンが碁盤を囲んでいた。今日は
月曜日、まだ仕事中の時間なので人が少ないのは当然かもしれないが、日本棋院と比較にならない規模の小ささである。我々は時間がないので挨拶しただけで早々に立
ち去った。韓国の囲碁ファンは残念そうに我々を見送ってくれた。
7時の待ち合わせ時間に間に合った。他の観光組み、自由行動組も三々五々集まって全員揃った。谷野さんと松谷さんが参鶏湯の店を前以って調べてくれており、16
名揃って人波をかきわけながらサンゲタンの専門料理屋百済(ペクチャ)に向かった。サンゲタン屋では松谷さんがとりしきってくれて全員でビールで乾杯、白いサン
ゲタンを味わった。
サンゲタンは若鶏の内臓を出してそこにもち米をつめ、栗や朝鮮人参などを加え、若鶏スープのたっぷりしみた料理である。値段は9000ウオンで安い、16000
ウオンの黒いサンゲタンもメニューにあったが、後で調べてみると鶏の代りに烏骨鶏が使われているのだそうだ。精力増強、疲れもとれるそうで元気を回復できたよう
な気分になった。全員地下鉄でホテルへ戻ってきた。明洞地下鉄駅周辺は露店が歩道に並んでおり、買物客でゴッタがえす中、家内はお土産選びに血道をあげていた。
自由行動組の中にはウオーカーヒルズでブラックジャックに挑戦してきた人もいて、私も1人であれば同行したのにと残念に思った。これはまた次の機会の楽しみにし
よう。
ホテルに戻ると、石田さんがツインルームに1人であるため部屋が碁会所になり、私も一風呂浴びて出かけた。Cクラス優勝の祝賀記念対局だと冗談いったりして、金
子さんと対局、5子局で完敗した。局面をできるだけ複雑にして紛れを求めたが、金子さんはことごとく適切に対応したので、快く投了した。今回わざわざ金沢から参
加するとは、碁が上達途上である証拠である。
10月12日(火)
長かった6泊7日の韓国旅行も最終日、日本へ帰る日となった。朝食はホテル裏にあるパン屋で菓子パンとミルクを買い軽く済ませた。荷造りをしてホテルのシャ
トルバスに乗り込んだのは8時半、NW10便は10時40分発、飛行時間1時間40分。
家内は空港の免税店でウオンを使ってしまうといって、キムチをおみやげに買った、5個買えばクーラーバックをサービスするという言葉につられて最初3個買えばよ
いといっていたのに5個買ってしまい、派手で大きなクーラーバックを肩にかけている。さぞかし家に帰るとキムチばかり食べさせられるのではないかと心配したが、
翌日にはきれいさっぱりなくなっていた。近所に配ったようである。
NW10便は満席で、なるほど木谷さんが航空券の手配に苦労したことが偲ばれる。
成田に2時に到着、到着ロビーで解団式を済ませ、無事の帰国を喜び合って帰途に就いた。
来年は第11回となり、韓国側が日本を訪問する番である。今回の韓国側のもてなしを思うと日本側の準備が思いやられる。論語に「朋友は切切偲偲たり 兄弟は怡怡
たり」という言葉がある。友達でありつづけるためにはお互いが努力しなければならないといっている。姜さんを初めとする韓国側の親切と努力のお蔭でこの快適な韓
国旅行を楽しむことができた。
また日本側では木谷さんがたいへんな労力を割いて調整してくれたお蔭である。完
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