IBM囲碁部報26004:訃報:瀧賢史さん
皆様、大変、残念なお知らせが届きました。
瀧賢史さんが亡くなられたとのことです。
以下、お知らせします。
瀧様奥様からいただきましたメール
令和8年1月26日に夫・瀧賢史が亡くなりました。
生前のご厚意に深く感謝いたしますと共に、事後のご報告となりましたことを
お詫び申し上げます。
葬儀は2月1日に故人の生前の意志により、家族のみにて執り行いました。
なおご弔問、お香典、ご供花等につきましては、辞退申し上げますことご了承ください。
主人の肝細胞癌との戦いは11年にも及びました。
ガンになってからは、囲碁を人生の最大の楽しみとして、大好きなお酒を断ち、
日々囲碁の研究に務めておりました。
対局のお相手をしてくださった皆様や、大好きだった碁会に参加してくださった皆様には、心より感謝申し上げます。
最後は子供たち、孫たちに囲まれてとても穏やかな表情でした。
たくさんの囲碁の本や棋譜を旅立ちに供えましたので、天国で囲碁を楽しんでくれていると思います。
生前のご厚誼に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
令和8年2月2日
瀧 利美子
瀧さんと関わりの深い方にお知らせし、贈るお言葉をいただきました。
下記にご紹介いたします。
瀧さん
訃報とは! 驚きました! まさか?
瀧さんとは、IBM囲碁部に入った当時は、直接対局が無かったので、
名前と顔だけしか知りませんでした。
が、湯谷温泉に私が幹事役の時初めてよーく分かりました。
昼食のとき、当地の名物に箸も付けず、ビールだけ数本!
ビックリして、名前と顔をはっきり覚えました。
以降、真形杯や合宿では何故か気が合い、色々冗談を言い合った楽しいひと時を
幾度となく過ごさせて頂きました。
向ヶ丘の時も、横浜に移ったときも、誘われて参加したかったのですが、
自宅からは不便で、数回しか参加しませんでした、が、当時の参加者募集の
名文が面白く、それだけは、私にも送付するよう依頼し、それを律儀に
守って下さいました。
真形杯などでもなかなか対戦できませんでしたが、会えば「ヤア」と一言で
通じるように思い、それだけで楽しませて頂きました
もうそれが無くなったと思うと、残念でなりませんが、あちらでも
名文を考えて、我々を励まして下さるようおねがいします。
ありがとうございました。
合掌
及川捷三
滝さんの訃報に接し、何か特別な寂しさを感じております。
がんと闘い11年、本当に大変だったと思いますが、よく乗り越えてこられたことと
心から敬服いたしております。好きなお酒を断って、大好きな囲碁に打ち込んで人生を全うされた
滝さんの精神力は本当に素晴らしかった。
奥様はじめ、子供さんやお孫さんに囲まれて穏やかな姿でお別れできたことは何よりでしたね。
故人のご冥福をお祈り申し上げます。
高口道宏
このたびは、瀧さんのご逝去を知り、心よりお悔やみ申し上げます。
武闘派碁会を通じてご一緒した時間は、私にとって大切な思い出です。
武闘派碁会の幹事を本当にありがとうございました。
KGSの盤を囲み、和やかに打たせていただいたことを、今も懐かしく思い出します。
瀧さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。
簗一正
瀧さんが亡くなられたとのこと、残念です。
何度も手術をして、囲碁をするために不死鳥のように戻ってこられたすごい人でした。
自分が囲碁を打つだけではなく、武闘派碁会を立ち上げて大変な幹事をされるなど、
他の人のために自ら苦労を引き受けて頑張って下さった姿勢には頭が下がります。
瀧さんからは男らしいというか、武士のような心意気を感じてました。
ご冥福をお祈り致します。
徳田
瀧さんにはたくさん対局していただきました。
戦いの碁が多かったと思いますが終盤のヨセも確かでよく研究されているなとの印象です。
瀧さんとの対局は私にとってただ楽しいだけでなく棋力向上に大変参考になりました。
ありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
古川 康雄
私は1976年12月29日にIBM藤沢研究所に途中入社しましたが、その時の人事担当者
が瀧さんでした。IBMのことを殆ど何も知らない私でしたが、瀧さんが丁寧に説明
して下さりました。しかしながら、AFEだEMEAだと私には何のことだかわから
ない言葉を沢山使って説明して下さったので、私は話のほとんどを理解できずあっけ
に取られていました。その日は12時に退社していいと言われ、1976年は半日しか会社
に行かなかったのに3日の繰り越し有給休暇をもらいました。
入社後暫くして私も囲碁部にはいったのですが、その当時人事には瀧さんと諸見里さ
んという二人の高段者がいました。いずれも私が4子置く相手でしたが、有る時瀧さ
んは私に白で4子置くように言い、「こういうのも面白いんじゃあないですか」と
言っていたのを覚えています。合宿も何回もご一緒させて戴いたのが楽しく懐かしい
思い出です。
また元気になられて真形杯でお手合わせ願えるのを期待していたのですが、この度の
お知らせ、大変残念に思います。謹んでご冥福をお祈りします。
藤田 清
とても残念です
私がIBMに入社して、初めて碁会に参加した時の幹事が
瀧さんでした。
もう55年前になります
ご冥福をお祈りいたします
松谷
瀧さんとは囲碁を通して50年来のお付き合いでした。
包容力のある温厚で笑顔を絶やさぬ方でした。
武闘派碁会を設立されてからは可能な限り参加させて頂き、
打ち上げ後、皆で車座になって飲み、語るのも楽しみの一つでした。
ジャックダニエルがお好きで目を細めて飲まれていました。
癌に罹患されてからは壮絶な戦いをされて来られましたが、
幾度の手術に耐え不死鳥のごとく碁会に顔を出されていたのが偲ばれます。
嘉瀬さん、吉田さん、瀧さんと好漢との別れが続きます。
合掌。
長野一隆
瀧さんの訃報に接し、追想の辞を述べます。
滝さんは私の囲碁部生活のうち、一番重要な接触を果たし続けた友人でした。
特にこの20年ほどは二人で対局をする機会が多くなりました。
毎月1回は日本棋院本院で対局をし、それを瀧さんが棋譜を取り、自宅に戻った後
AIにかけ、変化図等数枚を作成し次月の対局の時には、私に提供してくれて解説を
してくれるのが定番となりました。このことがお互いの棋力充実・向上につながった
ことは間違いありません。
こういう機会が永遠に無くなったことに深い悲しみを覚えます。
真形
覚悟はしていましたがくるべきものがきたという感慨があります。
それにしても随分がんばったものですね。入院、手術のたび不死鳥のごとくカンバック、
生命力の強さに感心したものです。
二人で打った十番碁、最後は一昨年日本棋院で打ったものでまだ決着がついていません。
残りはわたしの不戦勝になりますがいいですね。(笑)
お酒もよく飲みました。カラオケで歌もよく歌いました。
遊び友達がまた一人減りました。淋しいです。
中山
瀧さんの武闘派碁会への熱い想いは今でもよく覚えております。当時の大会案内・結果
メールからも瀧さんの碁会への情熱がとても伝わってきます。
また、年間参加者でなく出席申込をしていなかった自分に対し、碁会前日に電話してくださり、
「齋藤さんがいないと盛り上がらないよ」と言ってくださったことも覚えています。突然のお電話
でびっくりしましたが、嬉しかったです。
武闘派碁会での経験は今後も忘れません。
本当にありがとうございました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
齋藤
瀧さんの訃報に接し、涙を禁じえません。
瀧さんとは私の研究所に入ったおり、人事におられ怖い存在でした。
大分後になって瀧さんが囲碁を打たれることを知り、以来厳しく指導いただきました。
最大の思い出は武闘派大会で神奈川新聞に取材を受け瀧さんとの碁が掲載されたことで、
昨日のように思い出されます。
(瀧さんからの絶妙の劫筋を残してそこを攻められてやられてしまった事)
また瀧さんの〓みっぷりが豪快で、一緒に楽しく飲んだことも思い出されます。
本当にありがとうございました。
合掌 谷野拝
瀧さんとの思い出
2018年頃でしたか、瀧さんから病気のことを聞いた時主治医から「東京オリンピックはみられますよ」と言われたそうです。
名医に恵まれ入退院を繰り返しながらも長い間頑張りました。
ご家族の支えはいうまでもありませんが囲碁に対する情熱が支えになったことは間違いありません。
2022年頃瀧さんから、前に向ヶ丘遊園囲碁サロンに来ていた私の大学時代の友人にネット碁をしないか聞いてほしい、と頼まれ紹介しました。その後私も参加し毎週火曜日午後3人のKGS対局がしばらくの間続きました。
特に瀧さんにお世話になったのは、向ヶ丘遊園囲碁サロンでの武闘派碁会です。当時私の棋力は2段程度でしたので武闘派という名前に怖気づき参加を見送っていましたが瀧さんから誘われて参加することにしました。
次第に囲碁サロンの経営が厳しくなり2011年8月、瀧さんから私にホームページ作成を依頼されました。私は無償を条件に引き受け完成後に石亭に更新作業を移譲しました。
自分でも忘れていたのですが、2011年から2015年までの囲碁サロンの記録が私のサイトに残っていました。瀧さんや懐かしい皆さんの様子が残されていました。
https://redrb.heteml.net/igosalon/index.html
残念なことに囲碁サロンは2020年閉店になりました。
様々な瀧さんとの思い出が浮かんできます。
御冥福をお祈りいたします。奥様にも大変お世話になりました。
赤川均
とても残念なお知らせです。
私が囲碁を始めた(再開した)のは十数年前の退職後のことで在職中は囲碁部の皆さまと
はほとんどお付き合いがありませんでした。
初めの頃は瀧さんには3子の置き碁くらいから打っていただいていました。
向ケ丘遊園は自宅からも近く、瀧さんが主催されていた武闘派碁会にも15年くらい前から
お誘いいただき参加させていただきました。
瀧さんがお声がけされた金曜オープン碁会にもほぼ毎回出席させていただきました。
向ケ丘遊園は囲碁だけではなくそのあとの二次会が安く楽しめるので正直なところこちらも
大いに楽しみにして通っていました。
勉強熱心で誠実な人柄の瀧さんには囲碁だけではなく囲碁部のことやそのほかのことも
色々と教えていただき奥様ともどもとても感謝しています。
瀧さん、今まで色々とありがとうございました。
天国では嘉瀬さんなどと毎日楽しく打たれていることと思います。
長井憲章
瀧さんが亡くなったとのこと深い悲しみをもってうけとめました。
瀧さんの囲碁部への 功績は多大なものでした。囲碁部の黎明期に部長として囲碁部を
まとめて月例会などの礎を築いてこられたと伺っています、わたしが入社するだいぶ前の
ことです。また、最近の月例会では何年にもわたって棋譜を持参され、小松先生に大盤で見て
いただき、皆さんの囲碁学習にとって参考になる内容で棋力向上におおいに貢献いただきました。
武闘派囲碁会の幹事役を16年もの長きにわたてつとめられ、とても丁寧な幹事ぶりで
さらに情熱のこまった報告記もとても評判が良かったです。
また、瀧さんのご家族は皆さん囲碁をうたれ、いずれの皆様もIBM囲碁部とも深く
かかわっていただき大変お世話になりました、こちらも感謝する次第です。
わたしと瀧さんとの囲碁対局はいつもきってきられるか、、数える碁はほぼなく中押しで
終わっていましたが、わたしのほうがすぱっときられて通算では負け越しているとおもいます。
切れ味の鋭い迫力のある碁をうたれる方でした。天国でも仲間と再開し、さかんに碁を対局
されているのではないでしょうか。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
岸原達也
瀧さんの訃報に、心からお悔やみ申し上げます。
瀧さんが長期間開催して下さった武闘派碁会は、和気あいあい、心、
温まる楽しい囲碁の会でした。また、会の継続にご協力戴いた、奥様とお子様にも感
謝しています。長期間の療養生活に耐えられた瀧さんの力、驚きです。
ご冥福をお祈りいたします。
城戸善一
瀧さんにはご生前本当にお世話になりました。
町田の碁会所にも何度がお誘いをいただき、二人でじっくり対局を楽しんだことがと
ても懐かしく思い出されます。
打った後にAIの解説付きで一手一手丁寧に書面にアドバイスを書き留めてくださり
ました。
私のような若輩者にも手を抜かずに丁寧にご指導いただき本当に感謝しております。
瀧さんの囲碁に対する情熱には本当に頭が下がる思いです。
瀧さんに教えていただきました生き方は私にとって人生の指針です。
瀧さんに少しでも近づくことができるよう精進してまいりたいと思います。合掌
鈴木 準
瀧さんの訃報に接し、すぐ瀧さんの温顔が思い出されました。
囲碁部に復帰してすぐに武闘派に誘っていただきました。それから向ヶ丘遊園の武闘派に
通わせていただきました。
素晴らしいホスピタリティーでとても楽しい碁界でした。終わってからの懇親会もいい思い出です。
瀧さんにも何局も教えていただきました。ずいぶん負けましたが、正統派の力強い碁だったと
思います。
これからも武闘派は瀧さんの奥様のご支援もあり、続いていくことと思います。参加を続ける
ことで少しでも瀧さんへの恩返しをできればと思っています。
ご冥福をお祈りいたします。
金子合掌
去年、久しぶりにお会いした時、「大木さんには昔、大変失礼なことをした。お
詫びします」と言われました。
私はそんな記憶は全くないし、いい想い出しかないので、「何かの覚え違いでしょ
う、瀧さん」と返して、「今後ともよろしく」と互いに挨拶し、囲碁のゲームに
入りました。(瀧さんとのゲームは無し)何を気にされていたのだろう、今となっ
ては分からずじまい。あの時、囲碁のお相手をしてもらえたら、そしてもっと会
話をしていたらと残念でなりません。
囲碁合宿や軽井沢別荘でも、食事はとらずビールだけで済ませていました。
「肝臓が・・・」と言いつつです。本当にそこまでお酒・ビールが大好きな方で
した。
心よりご冥福をお祈りいたします。合掌。
大木拝
瀧さんには、IBM囲碁部が大変お世話になったと認識しております。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
池上
この度の瀧賢史さんのお亡くなりの報を知り、大変な驚きと同時に残念で仕方ない思いです。
思い返せば、囲碁に関する数多くの思い出が有りその中でも囲碁仲間と10回以上の
囲碁旅行に行った事が忘れられません。飲食の時もビールを飲みながら多くの冗談を
言われ楽しく過ごした記憶が残っています。
どうか天国でも囲碁を大いに楽しんで頂けたらと思っています。
吉野代旨男
瀧さんの訃報に接し、私は何も考えられませんでした。
今は喪失感で一杯です。
瀧さんは長期間気丈に病気と闘ってこられました。
度重なる入院でもその都度無事に退院してこられました。
だから今度も必ず元気に退院できるはずだ、と思っておりました。
瀧さんとは囲碁は勿論のこと他のことも親しく語り合ってきました。
それらを通じて瀧さんの温厚で優しい人柄、謙虚で人に対する思いやりの
深さを常々感じてきました。
囲碁は私が二子置いて丁度良い手合いでした。
瀧さんに言われて何度か先番で打ったこともありましたが、
勝ったことはありません。
退院して元気を回復されたらまた二子局をお願いしたいと思っておりました。
今は瀧さんのご冥福をお祈りいたします。
恩田賢一
私が低段のころは対局をする機会がなく、これほど「囲碁とお酒」をこよなく愛する人とは
思っていませんでした。
10数年前に「武闘派囲碁大会」を主催されてから、大会案内に毎回のように「エッセイ」の
ような文章をかかれていて、それを読むのが楽しみになっていました。
数年前、折角、いい文章なので過去のものをまとめて一冊の本にしたら、と瀧さん本人に提案
したことがありましたが、その後、どうなったか確認しないまま今日まで来てしまいました。
本当にこのような「強烈な囲碁愛好家」が亡くなられて残念至極です。
ご冥福をお祈り申し上げます。
兵藤 進
瀧さん逝去の由、ついに亡くなってしまわれたかと残念至極です。
瀧さんはまさに不死鳥の如くで、長年入院・手術・退院の繰り返しで、退院後は
笑顔で武闘派碁会に顔を出しておられました。その身体的/精神的な強靭さ、
そして強運さにはいつも感心しておりました。これはもちろん奥様の献身的な
看病があってこその事とは思いますが。
瀧さんはいつも温厚で優しく、気配りのある方でまさに紳士でした。そして
何よりも囲碁を愛した人でした。小生も余り段差が大きくなかったこともあり、
囲碁会や合宿等でも良く対局して頂きました。セオリー通りの綺麗な囲碁を
持ち味にされていたように思います。
十分に囲碁を楽しまれ、癌とも闘われました。今は只々ご冥福をお祈りする
のみです。瀧さん安らかにそしてゆっくりお眠りください。奥様、長い間の
看病ご苦労様でした。
林 義光
瀧さんは、私がIBMの東京基礎研究所に入社した時の研究所の人事部長で、いろいろ親切に
していただきました。
12月入社で独りぼっちになってはいけないということで、入社後も優しく気を使っていただき、囲碁はもちろん、麻雀にも誘っていただきました。
ご冥福をお祈りいたします。
徳山 豪
大勢の方からお言葉をいただきありがとうございました。
皆さんから瀧さんを強く慕う気持ちが伝わってまいりました。
瀧さんは囲碁部長として囲碁部黎明期をささえ、武闘派幹事として
長期にわたって囲碁部活動の最盛期もささえていただきました。
囲碁の才能も誰しもがみとめ、その活躍もめざましく、真形杯では8回、
武闘派碁会では9回も優勝されております。
真形杯 8回優勝
200902
201003
201303
201308
201309
202211
202304
202401
武闘派碁会 9回優勝
201906
201706
201511
201503
201205
201010
201008
200912
200909
囲碁部への多大な功績と素晴らしい成績をもとに追贈八段としたいとおもいます。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
IBM Japan IGO Club

